
激励、ありがとうございます
(1月30日)
1月中には終えたいとがんばっている「風のたより」の配布。少し来週に持ち越しになりますが、何とかめどがたってきました。
ここ数日、いろいろ反響もあり、とてもありがたく思っています。
なんといってもうれしいのは、激励のお言葉です。とりわけ「乳幼児医療無料の年齢拡大」についてふれた、「母さんの視点」に関して、ご意見下さる方が多いことに、同じ思いの方がいるのだと実感しています。もちろん、若い世代の方からは、反発もあることでしょうが……。
と同時に、議員に求める資質などを示してくださる方もあり、身が引き締まる思いもあります。
もっともっと、皆さんと議論できる機会をもちたい、そう思っています。いつでも声をかけてください。メールでも結構です。

霜柱
(1月30日)
まさに大寒。寒い日が続いています。私は、この寒風の中を自転車で走り回る毎日です。
しかし、夕暮れ時の雑木林の夕映えのうっすらと燃えるような色彩、6時を過ぎると、キ〜ンと透き通るような夜空に瞬く星、と、冬ならではの光景も楽しむことができます。
お勤めから帰ってきた人に「議会報告、読んでいただきたいと思って、配らせていただいてます」と声をかけると、「ご苦労様」と返してくださる一言にも、元気をもらっています。
今年は寒さが厳しいせいか、霜柱の美しさに、目をうばわれることしばしば。
今朝は今年一番の冷え込み、ということもあってか、我が家の猫の額ほどの庭にも、見事な霜柱が!

ところで、メジロのために用意した餌台は、最近、ヒヨドリに占拠され、メジロたちは、ヒヨドリが食い散らかした、土の上の柿の実のおこぼれを食いつばんでいます。これで、ウグイスが訪れてくれるのか、ちょっと不安です。

今こそ、ゴミ減量に真剣に取り組むべきとき
(1月28日)
春日部・岩槻・庄和の2市1町で構成されている埼葛清掃組合では、ゴミ処理は春日部市と庄和町だけで行っているため、ゴミ処理に関しては環境委員会を設けています。
その委員会で、郡山の冨久山清掃センターといわき市の南部清掃センターを視察してきました。
いわき市の施設は、ゴミの焼却灰を溶融炉で溶かして、スラグにし、リサイクルしようという試み。
ゴミ処理対象人口35万8千人に対し、総工費230億余の施設。年間の経費が8億近く(これには、まだ施設が新しいため補修費はまだ含まれていない)。余熱を利用して発電しているといっても、実は焼却灰の溶融には莫大な電力を使っています。
さらに、スラグはもろくて、道路の舗装剤にはならず、現在、リサイクルは宙に浮いているとのこと。
もっと大きな問題は、ダイオキシンの発生を抑えるために高温で焼却すると、逆に重金属が気化しやすくなり、それが焼却灰に封じ込められることになり、溶融炉の飛灰は、重金属がかなり高濃度で含まれることになってしまいます。この処分は?
ということを考えながら施設を見学。一軒一軒で出すゴミが、こうして処分場に集められ、巨額な経費を投じて処理したあげくに、焼却灰の処理に困っている現実を見るにつけ、先ず、ゴミの減量に取り組むことこそ、自治体の仕事、と思ってしまいます。
そういう意味で、久喜・宮代衛生組合の10年間の取り組みは学ぶべきものがあると、私は思っています。
是非、皆さんと一緒に考えていきたいものですね。
という気持ちで、「もんじゅ」の設置基準に異議あり、勝訴のニュースを見ました。
諸外国ではとっくに原子力発電を停止する方向で動き出しているのに、一向に政策転換しようとしない日本政府は、原子力発電の安全性・廃棄物の処理に対して、一体どれほど責任を持ちうると思っているのでしょうか。
視察からの帰り道、「あれだけの巨費を原子力発電につぎこむのなら、太陽光発電などの自然エネルギーの促進に使ったほうがずっといいのにね」と話題が盛り上がりました。
これも皆さんの声を結集していきたい問題です。

埼玉でも、政治に新風を吹かせたいものです
(1月26日)
埼玉新聞を開いて、びっくり。
春日部・宮代・杉戸・庄和の1市3町の首長が、「合併重点支援地域」の指定申請と合併協議会への職員派遣を要請するため土屋知事を訪問。
それに対する知事のコメントが、「私の地元でもあり、最大限の支援をさせていただく」というもの。
鉄道高架に伴う開発期成同盟の設立総会時の発言といい、最近の土屋知事の発言は、公私混同? と思われるものが多い。
これをさすがに知事の地元は、市と県との太いパイプで結ばれている、と評価する向きもあるだろう。
しかし、そのような古い政治手法こそ、諸悪の根源、県知事がいつも豪語しているように、700万県民の町であるなら、県全体のありようを考えることが大事なのであって、地元の利益誘導は慎むべき、と考える県民の方が多いのでは?
今日は地区の自治会の新年会。来賓として出席した元県議が、またまた、「私は県議時代に、この谷中地区のためにこれをした……」という実績てんこ盛り発言を10分近く。
そういえば、武里地区の自治会連合会に親子でそろって出席した土屋知事は、15分近い挨拶の中のおぼ10分を、土屋知事誕生時の裏切り行為暴露に宛て、その片棒を担いだとして、一人の県議を集中的に非難したものでした。
知事選は今年の統一地方選挙ではないけれど、これらの発言をきくにつけても、埼玉にも政治の新風吹かせたいものと、つくづく思ってしまう新春です。

障害当事者のニーズを反映しない「新障害者プラン」?
(1月25日)
かがし座(CILわらじ総合協議会事務局)主催の「市民福祉講座」、今回は県の障害者福祉課長・矢作さんを講師にお招きして、県が3月までにまとめようとしている「新障害者プラン」についてのお話しを伺いました。
う〜ん、確かにノーマライゼーション、ということばがちりばめられ、「共に」という基本姿勢が示されているにもかかわらず……、しかも、策定審議会のメンバーには、障害当事者団体の代表も含まれていたはずなのに、中味がなんとなく「絵に描いた餅」のような印象を受けるのはなぜでしょう。
一通り説明を受けた後の質問タイム。私は「数値目標が掲げられているけれども、全体的に、一律に現状から少しずつ増やしました的な、言葉は悪いのですが、丼勘定のような印象を受けます。これは障害当事者のニーズを把握しての目標ですか?」と質問。
答えは……。
「国の調査やさいたま市の調査を参考にしているが、このプランとしての調査は実施していない。障害者のニーズをつかむのはなかなかむずかしい点があり……」というもの。
なるほど。
どんなに審議会のメンバーに当事者が参加しても、決定権が行政側にあるということは行政の姿勢如何で、反映のされ方が異なってくる、というのは、春日部市の障害者プラン作成時と同じことなのだと実感しました。
といっても、春日部市の場合は、現状よりも前進した、かなり評価できる点もあり、県のプランもこれから当事者団体からの意見が圧倒的に多かったという「パブリック・コメント」の吸い上げ如何によって、どう変わるのか、という期待は、まだ捨てずにおきたいものです。
ところで、厚生労働省が、支援費制度の4月からの実施直前に、「在宅ヘルパーの利用について上限を設ける」と発表したことについて、連日、障害者団体の抗議行動が続いています。
これまで「上限なし」と説明されていた在宅ヘルパーに上限が設けられるということは、自力で不足分をカバーするだけの経済的余裕のない一人暮らしの障害者は、地域で暮らしていけなくなるということになり、死活問題なのです。
「措置される福祉から、選択できる福祉」という理想が掲げられながら、最も必要なところが切り捨てられるなら、理想は目くらましと同じことになってしまいます。
「介護保険」も同様で、住み慣れた地域で、それまでの生活の質を維持しながら老後を送ることができるための社会的な支えを保障する、といううたい文句が、現実にはかけ離れたものとなっています。そのことに、心が痛みます。痛むとだけ言っていられません。
もし自分や自分の身の回りいる人が、介助や介護が必要になったとき、どんな社会的な支えがほしいのか、それを原点にしながら、福祉施策の真の充実を図ること、それをもっともっと、みんなで考えていかなければならないと、改めて思いました。
福祉は一部の特定の人のためにあるのではなく、みんなが安心して暮らせるための保障(証)なのですから。

議会報告のポスト・イン、不愉快な方があったら、お詫び申し上げます
(1月23日)
朝、「風のたより」の配布に出かけようと思ったら、雪が降ってきました。そこで今日は骨休めの日と決め、郵送分の整理、たまった資料の整理などをすることにしました。
ついでに、出歩いてばかりいて、たまってしまった野菜たちの整理を。
この野菜は、栃木・烏山の帰農志塾から届きます。有機農法を実践する塾長の元に、全国から集まっている若い人たちが手塩に掛けた野菜たち。
1週間分まとめて届けていただくので、毎日キチンと使えるときは良いのですが、忙しくなると、ついつい、手のかかる根菜類などが残りがち。
朝、時間があるとき(もしくは夜遅くなりそうなとき)は、けんちんや豚汁、シチューなどを煮込んで出かけたりするのですが……。
今日は、聖護院大根を柚子漬にするために下漬けし、赤蕪を甘酢漬にしました。
白菜も漬けようと思ったのですが、雪の中を出かけることになり、中断。
帰宅すると、一通の手紙が届いていました。
「風のたより」をポスト・インしていることに対する抗議です。確かにそのお気持ちもわかります。読みたくもないものがポストに入っていたら、気分が悪いことでしょう。
私たちは前回の選挙のとき、自分がされていやなことは極力しない、という約束をしました。「連呼」、「電話による投票依頼」などです。
チラシのポスト・インは、前記のような不愉快さと共に、紙の無駄使い、ということもあり、確かに避けたいものです。
しかし、できるだけ多くの方に情報を伝えたい、と思ったとき、会のみんなで手分けして、ポスト・インする方法しか、今のところ手段がないのが実情です。
不愉快な気持ちになられる方には、心の中で深くおわびしつつ……。

合併協議会設置に賛成しました
(1月21日)
20日、21日の2日間、臨時議会が開かれました。
主な議案は、
1.市職員の給与を2%カットすることに伴う条例の改正
2.春日部市・宮代町・杉戸町・庄和町の合併協議会設置について
です。
1.については、臨時職員や嘱託職員にも及ぶことから、賛否相半ば、というところですが、一般職員との給与の格差については今後の課題として、賛成しました。
問題は、合併協議会についてです。心情的には、反対したい気持ちが山々でした。
しかし私は、合併問題については、最終的に市民の判断に委ねること、を主張してきました。その判断を仰ぐための具体的な材料が、合併協議会で協議を進めないと示せない、ということから、協議会設置はやむなし、と思い、要望付きで賛成しました。
今後は市民の会の皆さんと一緒に、合併問題に関する研究を深め、できるだけ多くの方に情報を伝えていきたいと思っています。
また、市長が住民投票を実施するよう、強く求めていきたいと思っています。
是非、皆さんにもこの輪を広げていただきたいのです。

メジロがやってきました
(1月19日)
同僚の、野鳥愛好の仲間、山崎議員が、「メジロやウグイスには、熟柿が一番」とどっさり届けてくれました。早速夫が餌台をつくって1週間、やってきました。メジロが。二羽なのは、カップル?
娘の話では、昨日はもっとワラワラきていたそうです。楽しみです。


世界中で高まる平和を求める声
(1月18日)
今日と明日は、は世界各地で「アメリカのイラク攻撃反対」の声をあげる同時行動の日です。東京では日比谷の野外音楽堂での集会とデモ行進があり「戦争への道を許さない女たちの会」はじめ、大勢の仲間が日比谷に集まるだろうな、と思いつつ、私は「いま平和のためにできることは」シリーズの実行委員の仲間と一緒に、「止めよう戦争への道! 埼玉連絡会」の呼び掛けによる、埼玉行動に参加しました。
このシリーズを通して、「平和が世界中の人たちの望みであるなら、私たちはすべての人たちの思いと英知を結集して、平和を守らなければならない」「平和を破壊する武力攻撃は、あらゆる手段を使っても阻止しなければならない」ということです。
日本が、「有事法制」を整えることは、決して日本の守りのためでなく、日本が他の国に攻撃できる体制を整えるための布石であるということ、もしかしたら、私たちは、たくさんの他の国の私たちと同じようにくらしている庶民の命や暮らしを奪うことに加担することになってしまうこと、それをさらに訴えていかなければならない、と強く思いました。
集まった人数こそ60人でしたが、県内各地で、地元で運動している人たち。この人たちと一緒に、多くの人たちが声を出してることを思うと、心強いものがあります。
デモが動き出すと、大宮の繁華街に繰り出している人たちから、「頑張ってね」という声援が出たり、車から手を振っての応援があったりしました。また、若者がジット見つめる姿も、印象的でした。これは、春の「有事法制」反対のデモのときも感じたことです。
今、定期的な「ピース・ウォーク」と湾岸戦争のとき米軍が使用した劣化ウラン弾の被害に苦しむイラクの子どもたちの写真展を企画しています。
是非実行委員として、一緒にやりたい、という方の参加をお待ちしています。

20歳の夢
(1月13日)
昨年までは、毎年成人式に出席するたびに、わが子が同じ年頃のため、出席している若人に思いをはせていました。とくに、晴れ着姿のお嬢さん達をみると、「もしかして、晴れ着が用意できないために、出席できない子がいませんように」という思いがありました。
もちろん、晴れ着を着なくても堂々と出席できる子に拍手を送りたい気持ちもあります。
長女は世田谷区に住所を移していたため、春日部市の式典には出席できず、同級会のためだけに帰ってきましたから、晴れ着を用意する必要もなかったのですが、出席するなら、やっぱり晴れ着は一生に一度のことだから着たい気持ちはある、ということです。この機会に日本のよき伝統を、という意見ももっともだと思います。
しかし、成人式の前日、長女と一緒にドイツの平和村のドキュメンタリー番組を見ていると、長女が言いました。「たった一日のために晴れ着を借りるのに十万単位のお金がいるなら、こういう子たちをもっと助けることができるね」
結局、我が家の二人の娘は、男の子だけしかいない私の友人の着物を借用し、着付けてもらって、写真を撮りました。それで和服の魅力を感じたら、これから自分で用意していけばいいと思っています。
ところで、今年は20歳代表の誓いのことばを聞きながら、自分が20歳だったころ考えていたことを思い出していました。ついこの間、「いつの頃が一番楽しかったか」という会話をしたせいかもしれません。
私は、「今が一番楽しい」と答えました。20歳のころは、もう35年も前になりますが、そのとき求めていた夢を、今も追い掛けているような気がします。そして、その夢は、20歳のころよりも、ずっと実現の可能性が高くなってきているように思います。
それがあるから、元気に楽しく活動していける、そう思った1日でした。

ビラ配りではじまる、私の新年
(1月10日)
松がとれたころから、12月議会の報告「風のたより23号」を配付する毎日が続いています。
今年は合併問題の一般質問をまとめたこともあり、また4月の選挙のこともあり、昨年の倍以上の3万部を印刷しました。
本当は、いつも応援して下さっている方、一軒一軒、ご挨拶をしながら回りたいと思うのですが、なかなか時間がとれず、「参加する会」のみんなで手分けして、ポスト・インということになってしまうのが残念です。
しかし、時間のとれるときは、仲間と一緒にペアで回っています。すると、「ここは子どもの同級生のお宅だから、紹介するね」とチャイムをならし、「仲間一人ひとりが応援して、前回の選挙で当選し、議会活動を続けている」と説明してくれます。
改めて、これが私流なのだと、実感しつつ回れるビラ配りは、楽しい仕事の一つです。

トップ・ダウンでなく、確実な進展に期待したい障害児の進学問題
(1月8日)
新聞のトップに、県の教育委員会が、障害を持っている子が、普通学級にも二重に在籍できるようにしたい旨の報道が踊りました。
そしてそれを追い掛けるように、知事の「文部科学省が反対しても、埼玉県は実現させたい」との談話が発表されました。
それまで就学猶予できていた障害児が、すべて養護学校や特殊学級に入学するように義務付けられたとき、それが歓迎されなかったのは、この義務化によって、「障害児は養護学校や特種学級へ」という振り分けが行なわれることにつうじるからだったのです。
以来17年間、「障害をもっている子も、地域の友だちや兄弟と一緒に、地域の普通学級で学ぶことを保証してほしい」という運動が展開されてきました。その結果、埼玉県内では、約三分の一の障害児が、普通学級で学んでいます。
しかし、昨年の秋に「教育基本法・施行令」が改定され、障害を持つ子は、受け入れ体制が整っている場合に限って、普通学級で学ぶことが許可される、ということになりました。
それまでも、障害児の普通学級への通学が認められても、それは当たり前のことではなく、許されている、というニュアンスがあって、障害児や親は悩みつつ通学させていたのが実態です。
そんなふうに悩むことなく、本人や親の希望があれば、ごく自然に普通学級でまなぶことができる体制を整えてほしい、という運動の結果、昨年暮れに、県の教育長から前向きの回答があり、今回の報道につながったものと思われます。
一歩前進の朗報ではあります。しかし、市の教育委員会を何度も話し合いを重ねた中でいつも出るのは、「現場の先生が大変になるから、今の態勢では受け入れることがむずかいし」という答えです。
県知事の覚悟は歓迎したいけれど、トップ・ダウンで決するのではなく、受け入れる側の学校の理解を得ながら、(特別な支援態勢がなくてもやっていけるのではないか、ということも含めて)現実的な態勢を整えていってほしいと思います。
そういう意味で、「当事者も含めて、協議会を設置し、議論を深めながら実現に向けて努力したい」という教育長の言葉は、確実な方向に動いていくという期待の持てるものでした。

私の初夢
(1月4日)

寒さの厳しかった昨日から一夜あけると、向の屋敷林のてっぺんが、まるで樹氷のように凍っていました(写真は夫が撮影したもの)。
寒にふさわしく、、凍てつくよう名寒さで迎えたお正月、身を引き締めて、今年一年に思いを馳せてみました。
「合併問題を考える市民の会」からのアンケートに、
●この街の未来像を如何描かれますか。
という問いがありました。
私は解答として、
1. 合併してもしなくても、福祉や教育といった面で雇用を確立しつつ、 支え合うことで生活も成り立つシステムをつくる〈春日部方式で〉。
2. 街づくりにキチンと住民参加できるシステムをつくる。
3. できれば、議会改革も含めて、議会と住民会議が車の両輪となる仕組みをつくる(これも春日部方式で)。
と書きました。
こんな街づくりを目指したと、本当に思っています。
世をあげて、少子化対策、高齢化社会の対策とかまびすしいのですが、私は高齢化社会であれば、元気な高齢者がそれまで培ってきたキャリアを生かせるシステムをつくることで、それに対処することは可能だと思っています。
前にも触れたかも知れませんが、若い人たちが子どもを産まないことも、若い人たちと接していると、経済的理由や、子育ての不安、といったこともさる事ながら、今の世の中に希望が持てないことの方が、もっと大きな原因ではないかと思っています。
また、不況対策なるものも、さまざま議論されています。私は経済を上向かせることよりも、経済が上向かなくても生活できるシステムを新たに作っていくべき時代に入っているのではなかと思うのです。
環境問題、エネルギー問題を考えてみると、これからは、物質的な満足よりも、良質のもの、価値あるものを求める時代になっているのではないか、使い捨てではなく、修理したりしながら、長く使える愛着の持てるものを大切にする時代ではないかとも。
大量生産、大量販売から、良質なものを作り手がきちんと消費者に届ける時代、そんな社会にシフトしていきつつ、物をつくって売ることより、人と人とのつながりが基盤になるような構造、それを目指すべきではないかと思っています。
そのシステムが、地方発でどんどんできていくといいな、と思うのです。

2003年は、地方から風が吹くと信じて
(1月1日)
新しい年が開けました。
昨年は、「有事法制」、「住民基本台帳ネットワークシステム」、そして「市町村合併」と、矢継ぎ早に、国家が国民や地方に大きな網をかけでもするような動きが起こり、市の行政に対するのと同じくらい、国に対して異義申し立てをしなければならない1年でした。
今年は4月に統一地方選選挙があります。
そして、通常国会が終るころには、総選挙もと、うわさされています。
昨年は自治体議員が、メールを駆使してまとまった行動を展開することができました。
この動きがきっと、今年の選挙に影響を与えてくれるような気がします。
不信任を突き付けられた、田中康夫長野県知事が再選されただけでなく、中野区の田中区長、尼崎の白井市町と、無所属・市民派の首長が、少しずつ増えています。
地方から政治を変えたい、と思っている、無所属議員ネットワークのメンバーとしては、楽しみな一年、と思っています。
今年の選挙では一体、どんな風が吹くのでしょうか。

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