●「母さんの視点」過去ログ
●自伝風の長めの自己紹介
●活動日誌
●活動日誌過去ログ
●風のたより(片山いく子の議会報告)
●議事録・発言集
●メールフォーム
●メールありがとう
●リンク
●更新履歴
トップ>>>このページ

●2003年3月

議員の仕事は、現実を理想に近づけること
(3月30日)

 午前中は、わらじの会の「拡大くっちゃべる会」。「生活支援センター」をつぐみ共生会が受けるかどうかの議論の中でも、また「ケア・システムわら細工」が支援費の基準外事業所の指定を受けるかどうかの議論の中でも、制度では支えきれない障害者の生活を支えてきたシステムが、制度の中に組み込まれていくこと(最も大きな懸念は、活動内容に補助金のしばりがかかること)のメリット・デメリットが、口角泡を飛ばす勢いで闘わされてきました。
 そこで「わらじの会」誕生の原点を見直そう、という試みがずっと続いていて、今日はそのための「拡大くっちゃべる会」でした。
 グループに分かれて、互いに自分と「わらじ」との関わりを話していると、いつもラジカセ・イヤホーン姿が印象的で、まだ20代と思っていたY青年が実はもうじき40歳で、彼こそ、「みどり生協」の灯油配達等、わらじの前駆的活動に参加していた「最古参」であることが判明。私のグループは、「わらじの会」発足当時からのメンバーが二人もいたにもかかわらず……。みんな、話して見ないと、わからないもんだ、とちょっと感動もの。
 

 ところで、制度と活動のからみでいえば、たとえば、通所授産施設で、「社会参加を広げるための、授産所外での活動」をすることには補助金は使えないこと、自立のためのグループホームでやっている「体験入居」は、「ホームに対する補助金は入居者に対して支払われるので職員は関われない」など、「ノーマライゼーションの実現」に必要な活動には使えないのが現状なのです。
 支援費制度はさらにその傾向が強く、「だからこそ、民間が支えてきたシステムを組み込んだ春日部モデルを」という私の主張は、目下、誰にもあてにされていません。
 なぜなら、そのためには制度をできるかぎりフレキシブルなものに、つまり総量規制のみにして、当事者が使いたいところに使える制度にすること、それと共に、介助に当たる人の生活がきちんと保証でき、納税し、暮らせる、職業として成り立つ制度にならなければいけない、というものすごく難しい問題を含んでいます。
 そんな制度などありっこない、仲間から総すかんを食いながら、だからこそ、そいういうものに一歩でも近づけることが、私の仕事なのだと再確認しました。

もう一つ私のキャッチ・フレーズ「やめよう お任せは! 自分のことは自分で決めたい」は、名刺を手渡す人には「そうだよね」と共感を持ってもらえているのですが、「だったら、議員なんかいらないだろう」という批判も。
 ちょっと気弱になって、18歳の二男に「どう思う?」と聞いたところ、「いいんじゃないの、だから、自分のことを自分で決められることを実現するのが議員の仕事で、一緒にやろう、ってことだと思うよ」とのこと。ちょっぴり安堵しました。

地方議会にも、緑の旗を!
(3月28日)

 中村敦夫さんの講演会が終わりました。
 国会の委員会の時間が延びて、中村さんの到着が遅れるなど、ハプニングがありました。また、一生懸命チラシ配りをしたり、駅頭で宣伝した割りに、参加者は70人弱と、一寸申しわけなかったかとは思いますが、組織なしで、一人ひとりの声かけによって、これだけの方々が集まってくださったのはうれしいことです。
 参加者の熱気に包まれて、中村さんも予定時間を30分も延長して、質疑を受けてくださいました。
 チラシ配り、駅頭宣伝、ポスター貼り、捨て看つくり・設置、力を貸して下さった皆さん、ありがとうございました。


 「行きたかったけど……」という方のために講演のテープ起こしをしてご紹介したいところですが、時間がないので、毎日送られてくる「ほぼ日刊GREENS」の記事をご紹介します(3月29日)。

「理念をもって現実を見よう」
■政党政治が液状化
 今の政治を表現するとすれば、「経済の崩壊でふぬけのようになってしまった」ということだろうか。でたらめ、無責任が横行し、政党政治そのものが、液状化している。
 与野党対立はパフォーマンス化し、見せかけの応酬を繰り広げているだけ。その最大の要因は、既成政党が「理念なき選挙互助体」に成り下がってしまったからに他ならない。政党が理念を失うと徒党になる。昨年末のひどい逃亡劇は、その最たるものだ。
 政治家の仕事、それは未来を設計することだと思う。過去を分析するのは学者でもできる。しかし、明確な理念を持って来るべき社会のビジョンを提示するのは、政治家しかできない。にもかかわらず、8割の政治家は自分の身をどうやって守るか、つまり次の選挙をどうするか、しか考えていない。それは国会を見ればすぐにわかる。時代は急激に変わっているのに、議員たちに確固たる理念も時代認識もないので、発言や行動が調子外れになってしまっている。
 混乱が加速し、すべてが先送りにされるために、問題はどんどん悪くなる。しかも、トップにいる人たちが無責任で当事者意識がない、ときているから、始末が悪い。

 予想できないことがどんどん起こっている今、事実をはっきりと見て物事の本質をつかまえる必要がある。目先のことに目を奪われるのではなく、全体を見抜いていかないと、同じことの繰り返しが続く。これまで同じ構図と権力でやられた同じ場面が何回あったことか‥・。そこまで気づくことが政治であり、それに気づいた人が議員になっていかないと社会は動かない。
   
■環境の危うさを痛感
 私が政治を志した理由はいくつもあるが、世界を取材して歩き、環境の危うさを知ったことが一番大きい。現状というのは冷や汗が出るほどひどくて、「政治と環境を結びつけていくことを考えなければ」と真剣に思った。そんなとき出合ったのが「みどりの政治理念」で、語り部としての種まきが始まった。

 みどりの政治理念は資源循環型なので具体案は自治体にしかできない。それぞれの特殊性を生かし、知恵を結集し、人々が参加してはじめてできる。それには行政の質を変え、自治体が自立自活していかなければならない。そして、みどりの政治理念を掲げた地域政党、いわゆるローカルパーティーを増やしていく。そうした動きが連なって、日の丸と赤旗しかない今の国会に、緑の旗が立てられれば、と思っている。だから、土、日もなく全国を飛び回っている。

■対面して話す
 パンフを配っても話にならない。対面して話をしてはじめて、インスピレーションをつかんでくれる人が何人か出る。「砂漠にじょうろで水をまくようだ」という批判があるかもしれないが、この方法が一番強力だ。政治というのは100年の計であり、歴史的にも少数者の種まきが実って、何万人という人を動かすようになったケースがいくつもある。

 私は自分を駅伝の第一走者だと思っている。それは、たすきを渡す人が出てくるまで踏ん張る、ということ。肉体的にも精神的にも大変だけれど、言い出した以上は引っ込みがつかないから、自爆的に突っ込んでいくしかない。そうしているうちに、流れが熟して栄養が回り、今ある社会は崩壊していくと思っている。要はスポーツ選手のように、そこまでの作業に最善を尽くすだけだ。
 
 さて、これまで何回となく「理念」がいかに大事かを話してきたが、理念をひとことで説明すると、1つの揺るぎない信念だろうか。それがあれば、原則的なことを曲げなくていられるし、負けても崩れることはない。3人でいい。共通の理念を持ち、きっちりと確認し合った同志的な結合があれば絶対崩れない。そうした集団がいくつも生まれ、連動していけば、社会は間違いなく変わっていく。

■量ではなく質
 社会を変えるのに、インスタントラーメンにお湯をかけるようなうまい話などあるはずがない。テクニックなど通用しない。1人でも多くの人と会い、「政治は自分たちのもの」と訴えてあるべき姿を示してやる。時間はかかるがそれしか方法はないと思う。量ではなく質、スロー・スモール・シンプル‥・。リーダーたちも含めて、それを骨身にしみて思い知らないと、新しい軸など生まれるはずがない。

(中村敦夫・2003年3月15日 日々の新聞)

●この記事をごらんになりたい方は、「みどりの会議」にアクセスしてください。

平和を求める声を、再び集めたい
(3月24日)

 大畑小学校の卒業式で、校長先生が「20世紀は、皆さんが勉強したように、戦争でたくさんの命が失われた世紀でした。21世紀になったとき、私はこの世紀は、戦争のない、平和な世紀でありますよう、と祈りましたが、また、戦争がはじまってしまいました」と子どもたちに語りかけました。決して声高に戦争反対を叫んだわけではないけれど、先生の穏やかな中にも思いを込めた言葉は、きっと子ども達の心にしみわたっただろうと思いました。
 春日部近辺で、是非「ピースパレード」を! という声が届いています。3月議会が終わってからも、選挙前に「議会報告、風のたより」を、と思い、28日の中村さんの講演会の準備、声かけもあり、イラクの武力攻撃がはじまってしまってからも、思いはあっても、みんな動きがとれない状態です。
 4月5日(土)のお昼ころ、春日部西口でパレードを、と思っているのですが……。一緒に! というかた、是非ご連絡ください。

また一つ、ネットワークが
(3月23日)

 「教育を考える会かすかべ」や、緑小学校の柴田校長先生などの肝いりで、「きょういく長屋」というネットワークを、と言うことで、今日はその発足の集いがありました。
 「子育ちネット」はじめ、多彩な顔ぶれが集まり、これから様々な人たち、グループが力を合わせ、「地域で子育て」を実践できる町づくりが可能になっていくのではないか、と期待のもてる集まりでした。

 ところで、午前中は、古利根川の一斉清掃。「生態系保護協会」と「春日部の川クリーン会」は、去年から、「古利根観察会」のときに楽しませてくれる、鳥たちの集うスポットの掃除をしています。
 ゴミを集めていると、突然カワセミが水面すれすれに、美しい姿で飛んでいきました。もうじきこの屋敷林は、カワセミの営巣地になります。
 フジバカマ、オオイヌノフグリ、ペンペングサ、タネツケグサと、可愛い野の花も花開き、毎日、中村さんの講演会の宣伝で走り回る一時、ちょっと一呼吸つけた、くつろぎタイムのような川清掃でした。

 

旅立ち
(3月15日)

 子どもたちの母校、中野中学校の卒業式に出席しました。
 中学校の「生徒気質」は一年交代、とよく言われますが、今年の卒業生は去年とちがって、茶髪、「ズリパン」はほとんどみかけられず、キーホルダーにジャラジャラいろんなものをかけて腰につるす子もいませんでした。
 去年の少し自由な雰囲気の卒業式も、それはそれで中学生らしい、ほのぼのした感じでしたが、今年は今年で、きりりとした印象でした。
 一人、学生服のボタンをはずしたままの卒業生がいて、証書を手渡すとき、校長先生が小声で注意。するとその子はボタンをはめて、証書を受け取りました。
 壇を降りてくるその子はニコニコしていて、こちらまでうれしくなりました。
 式が終わってから、校長先生にそのことを話すと「皆さんの前で、と躊躇したんですが、ここは教育の場なので」とのこと。きっと、きちんと対応する大人の言葉には、子どもも聞く耳を持つのだろうと思って帰ってきました。

名刺ができました
(3月10日)

 「二つ折カラー名刺」のデザインが決まりました。写真とデザインは、私の心強い「広報担当」、デザインルーム・トナンの大熊さんです。
 市役所裏の公園で撮った写真も、「地のまんま」で気に入ってます。
 目下、4年間の議会活動をまとめたブックレットを作成中です。
 この二つのグッズ、ご覧に、お読みになりたい方はご一報下さい。お届けしたいと思います。


日比谷公園が、銀座が、平和を望む声に包まれて
(3月8日)

 今日は世界同時の市民による非戦アクション「World peace now 3.8」。本当は「みどりの会議」のサポーターズ・フォーラム、「循環型社会の実現」が予定されていて、日比谷の集会には参加できないかと思っていたのですが、フォーラムを延期して、「みどりの会議」全体が、集会に参加することになりました。
 さて、日比谷はというと、ピース・アクションは2時から、というのに、1時を過ぎる頃にはすでに2万人以上の人が野外音楽堂に集まって、入れない状態に。
 市民団体等は、それぞれ日比谷公園のあちらこちらで集会やリレートークを続けて、デモの出発を待ちました。その数の多いこと。日比谷公園全体が、イラクに対する武力攻撃に反対する声、平和的な解決を求める声に包まれました。
 デモの出発予定は3時半から。この人数だから、日比谷公園を出るまでに1時間はかかると覚悟していたのですが、警備の機動隊がこそくな手段を使い、デモ隊を小さく見せようと、小刻みに公園から出す作戦に出たおかげで、私たちが公園から街頭に出たのがなんと6時! 
 でも、公園に集った若者はヒップホップやラップののりで盛り上がり、リレートークを続ける団体もあり、日比谷公園が半日、イラク攻撃反対! 平和を守れ! 一色に包まれました。途中で参加人数4万人と発表されるや、歓声があがりました。
 ふつうなら2時間か、せいぜい3時間で終わるデモが、4時間以上続いたことになるわけで(最終チームの到着は8時近く)、機動隊様々でしょうか。
 私の周りは、幼い子を抱いたり、ベビーカーに乗せた若い家族が多く、周囲の人が荷物を持つのを手伝ったり、とってもほのぼのした、良い集会でした。
 有事法制のときは、「軍事によらないで国が守れるのか」という声をたくさん聞きました。そこで私たちは、「どうしたら平和を守る事ができるのか」考え続けてきました。
 今日も含めて、このところのイラク攻撃反対の運動を見ていると、「戦争は何の関係もない国民の命、暮らしを奪う者であり、いかなる理由があろうと否定しなければならない」、「そのために平和外交を進めよう」ということをはっきり表明する声が大きくなってきています。
 テレビ番組をみていたら、イラクに特命大使として派遣されていた茂木外務副大臣が、「同盟に従うのか国際世論に従うのか、という既成のシステムの選択ではなく、新しいシステムを模索するべき」という意味の発言をしていたのが印象的でした。
 どうか、この世論のうねりを真摯に受け止め、平和憲法を持つ国日本らしく、平和外交を進める道筋を選択して欲しいと願うばかりです。

介護保険料の値上げには賛成したくない思いでしたが
(3月7日)

 2日目の常任委員会は、残る議案の質疑と、付託された議案の討論・採決になります。
 いつも採決の時に悩むのは、全面的に賛成はできないけれど、反対するのは無責任、という場合です。早く会派が四人以上になって、修正案を出せるようになりたい、というのはこのときです。
 先ず、予算案について、「住民基本台帳ネットワーク」の第二次稼動に対する予算が計上されていること、児童センター構想に異議を唱えていること、細かい点では「子ども達の自然体験」という名目で、小学校六年生80人を伊豆下田に連れて行くという新規事業が計画されていることなど、反対したい項目はいろいろあります。
 しかし、反対というのは、4月からの予算執行を拒否することになり無責任に。そこで、半分手を挙げて賛成しました。

 もう一点、介護保険の保険料が26%もアップになることに伴って出された「介護保険条例改定案」も複雑な心境です。
 このように高い率でアップになるのは、介護保険の利用率が、在宅で50%と大幅に伸びたこと、そして今後,150床の老人保健施設ガオープンし、16年度には特別養護老人ホームが二カ所オープンするなど、施設介護の給付の大幅な伸びが見込まれることによります。
 そこで、
 「介護保険制度は、介護サービスが充実すればするほど、保険料にはねかえるという性質上、今回の保険料の改定はやむを得ない点はあるが、今後は、介護保険の理念である、地域で在宅でできるだけ過ごせる、在宅介護の内容を充実させて必ずしも施設入居に頼らなくてもよい整備に努力すること。
 さらに今回の改定で負担が重くなり、保険料の支払いが困難になる世帯の内容、個別に、ていねいに相談に応じること。」
 この二点を要望して、賛成しました。

未熟さをカバーしてもらって……
(3月6日)

 今日から常任委員会の質疑が始まりました。
 私は厚生福祉委員会で15年度予算の質疑があり、本当は「本番」なのですが、実際には本会議でほとんど質疑されており、細かい点か、あるいは大まかな15年度の方針を聞くかのどちらか、ということになります。
 「病院予算」では、
1 急性期病院(平均入院日数14日以下)をめざすとのことだが、救急体制も充実される方向で、救急で運び込まれる人は緊急手術を要する患者が多いと予想されるが、矛盾しないのか。
2 市民のための病院として、サラリーマンも学校も、週休2日が定着している現状で、土曜日に診療を行う点は検討されているのか。
3 人間ドック受診者に、検査の結果を郵送するだけでなく、結果の指導があってもよいのではないか。
 の3点について質疑しました。
 1については、手術後の患者さんについては、きちんと対応し、矛盾しないような運営を考えるとのこと。2、3については人手の問題が最も大きな課題で、診療報酬と人件費の兼ね合いについての検討を続けるとのことでした。
 公立病院の運営のむずかしさは永遠の課題ですが、採算重視にならず、かといって、一般会計からの繰り入れが巨額にならないようにということも忘れてはならず……、健全化のための運営委員会の激論を待ちたいと思っています。
 福祉関連では、
1 障害福祉の「全身性介護人派遣」の予算が、一人64時間から40時間に減っているが……。
2 高齢福祉健康事業予算が大幅に減額となっているが、介護予防のための施策が15年度は拡充するのか。
3 支援費予算のホームヘルプ事業費の中に、対象外の精神障害者のホームヘルプも含まれているが、具体的にどのように実施するのか
4 民間の放課後児童クラブに対する補助は
 この4点について質疑しました。
 1の「全身性介護人派遣事業」については、13年度の実績による予算で、上限はあくまでも64時間なので、支障が無いよう、必要があれば補正で対応との答弁がありました。
 2は高齢福祉健康プランが14年度でまとまったための減額で、15年度はこのプランに沿って、転倒予防教室を14年度の13回から90回にと拡充し、老人大学の定員を110人から160人に増やすなど、元気な高齢者の生きがい活動サポート、介護予防施策を充実させる、との答弁。
 3の精神障害者のホームヘルプ事業は、福祉公社に委託し、専門の研修を受けたヘルパーが、1日2時間、週1回派遣されるとのこと。対象者は現在の3人から来年度は前期は10人、後期は15人に拡大されます。まだまだ不十分ですが、とりあえず、精神障害を持つ方への支援の一歩が踏み出されたというところです。
 4の民間の放課後児童クラブは、現在の運営の仕方では、市の委託の対象にならないので、補助はできないとのこと。公立でカバーできない事業展開をしている、ということがなければ、補助を受けるのはむずかしそうです。多様な場を認めるためには、まだまだ、壁がありそうです。

 厚生福祉委員会の途中で、総務委員会に付託された、「平和のための不戦の意見書を求める請願」の紹介議員になっていたので、説明のため中座。
 しかし、頭の中は予算モードになっていて、うまく説明ができず、内心「しまった」と思ったのですが、質疑に助けられ、あとで、他の委員に「フォローしておいたよ」といわれ、なんとか紹介の任は果たせそうな雰囲気になってきました。採決は明日になります。

 明日は、国民健康保険、介護保険などの特別会計予算の質疑があります。

 アメリカのイラクへの武力攻撃に対しての反対運動に対してメールいただきました。メールありがとうをお読みください。


 今朝、メジロが食べたあとのミカンの残骸があまりにきれいだったので、写真を撮ってしまいました。

もう一回り大きく!
(3月5日)

 「イラクの子どもたちは今」の写真展、終わりました。越谷の会場には、60人以上の人が足を運んでくださったとのこと。私は議会で何もできなかったので、越谷の皆さんに感謝、感謝です。
 3日間で、110人以上の方に見ていただけ、やってよかった、と思っています。
 「ピース・ウォーク」の呼びかけをしたところ、若い方から一緒に、と声もかかっており、15、16日の世界同時、一斉行動に合わせて企画したいと思っています。もう一回り、武力攻撃は止めて! の声を広げたいものです。是非、一緒に、という方のご連絡、お待ちしています。

広げて、紡いでいきたい
(3月3日)

 日曜日はいつも、いくつかの会議や集会が重なり、顔だけ出す、という出席の仕方をしたくない私は、午前一カ所、午後一カ所、という選び方をしているのですが、今日はどうしても参加したい集会が重なり、はしごをしてしまいました。

 まず大宮で「女性議員をふやそう!」というアピール行動。大宮駅西口のデッキで、超党派の女性議員、今度の統一選に立候補する予定の新人、そして女性議員を増やす運動を続けている市民団体等、元気な女性たちが次々にマイクを握ってアピール。デッキで待ち合わせの若い人たち、家族連れの人たちが耳を傾けてくれて、吹き飛ばされそうな強風なんのその!でした。

 途中で、共同アピールのメンバー数人と、浦和の「イラク攻撃反対行動」に移動。
 浦和駅前は、さまざまな団体、個人が集ってリレートークをしていました。印象的だったのは、はじめてデモに参加しました、という若い人たちの発言。
 突然、声をかけられて振り向くと、サラリーマンをしながらわらじのボランティアをしているT青年の顔が。「どうしたの?」と聞くと、「駅前を通ったら、この集会をやってたから」とのこと。写真展から抜けて参加した、越谷の仲間、T青年と一緒にデモの列に。
 3時にデモがスタートするときは300人くらいだったでしょうか。シュプレヒコールではなく、若い人たちが楽器を奏でるのに合わせ、ラップののりで「イラクの子どもたちを殺すな」「戦争、止めよう」と、訴える声も軽やか。
 道行く人たちも、手を振ってくれたり……、一番受けていたのは、ベビーカーにのった小さな子たちかも、ラップのリズムに合わせて、パチパチ手拍子を打ってくれました。
 私もずっと、どこかの民族楽器らしい太鼓を叩いて歩きましたが、浦和駅前に戻ったときには、最終的に500人くらいにふくれていました。

 朝、「かがし座」に豊田さんの写真パネルを並べるなど、会場設定をして、仲間にバトンタッチして出かけたのですが、デモが終わって帰ると、武里の人たちが見にきてくれたとのこと。無理を承知でやってよかったとつくづく思いました。
 写真展は4日は越谷の中央市民会館で10時から夜8時まで開いています。お近くの方、是非お出かけください。

 まず、自分のできることがないか考えること、やりたいことがあったら、「一緒にやろう」と声をかけること、「一緒にやって」と声をかけられたらやってみること、そんなところから、思いは広がって紡いでいける、と思っています。

 3月15日の世界一斉行動の前に、3月8日は日比谷の野外音楽堂で、全国集会があります。また、あなたの近くでも、誰かがアピール行動をしているかもしれません。

常識で考えることの大切さを、教えられました
(3月1日)

 豊田さんの「イラクの子どもたちは今」の写真展、初日でした。
 盛況とはなりませんでしたが、あいにくのみぞれ混じりのお天気の中、わざわざ、桶川から足を運んでくれた高校生もいて、感謝です。
 宣伝の時間もありませんでしたが、コーププラザの幼児教室の若いお父さん、お母さんがのぞいてくださったりして、また、新しい出会いがありました。

 写真の訴える力もさることながら、ビデオにみんな感動しました。
 「常識で考えてみてほしい。昨日まで仲良くしていた人たちが、突然、宗教の違い、民族の違いで戦争するものかどうかを」「6才の子が、ガン(湾岸戦争時の劣化ウラン弾の影響)で苦しんで死んでいく、この子になんの罪があるのか、常識で考えてほしい」
 広島大学で講演した豊田さんは、繰り返し、繰り返し、「常識で考えてほしい」と訴え続けます。
 平和を願うことも常識なら、何の罪も無い人々の命を奪う権利が誰にもないことも常識です。私たちはその原点にたちかえって、もうこれ以上、イラクのこどもたちの命を奪ってはいけない、苦しみを増してはいけない、と語りかけようと思っています。

 それにしても、何かやろうと企画したとき、忙しい中、できる限りの協力を惜しまない仲間がいることに、感謝、感謝の1日でした。
 明日は武里の大池通り、光明寺隣の「CILわらじ協議会・かがし座」で、10時から4時まで行います。急ごしらえの会場ですが、是非、お近くの方、お立ち寄り下さい。
 また、写真は返却しなくてはいけませんが、ビデオは会で購入しました。ご覧になりたい方は、ご連絡ください。

トップへ