
障害者問題は、共生社会の鍵に
(5月31日)
「障害者の職場参加を考える会」の総会と記念講演がありました。
日曜日に行われた「埼玉障害者自立生活協会」の総会でも感じたのですが、「障害をもっている人と地域で共に暮らす」ということは、まだまだとても特別なこととして捉えられているのだな、ということです。
もっとも、私も「わらじの会」の人たちと知り合う25年前まではそう思っていたので、偉そうなことは言えませんが……。
障害をもっている人とつきあっていると、一人ひとり、考え方も暮らし向きもちがうことがすぐに分かってきます。そして障害を持っている人は、なにも特別な存在ではなく、障害のない人と同じ、ただちがうのは、「介助の手がないとできないことがある」ということだけです。
だけどよく考えてみると、誰しもが一人では生きていけない、そのために家庭があり、社会があり、弱い立場の人たちを守るために制度があり、法律があり……。
ということを考えると、今の社会の問題点が透けて見えるような気がします。
明治維新で西欧列強に追いつけ追い越せとばかり、国策優先でつくられてきた国家、そして戦後復興のためにまたもや経済優先できてしまった50有余年。そこには、「個人」よりも全体、という考えが跋扈しても仕方のない成り行きがあったにせよ……。
経済が行き詰まりを見せ、限りある資源の底が見え始め、環境を守ることが世界的な重要課題になっている今こそ、人と人が支え合い、自然と共生できる社会をつくって行くために、先ず、個を大切にし、違いを認め合い、その上で何が必要かを洗い直すこと、それが最重要課題だと思わずにはいられません。
大きなことではなく、地域でそのために一歩一歩動いてきた民間の実績、そして記念講演をしてくださった「埼玉トヨペット」の「はあとねっと輪っふる」の自ら「プロジェクトXもの」と感嘆の声が上がった企業の取り組み(なにしろ、”介助者つきの職場参加、職場実習”を求める運動を飛び越えて、介助者無しで障害者を受け入れているのです)、そして国の障害者雇用政策の不備を突き抜け、一自治体として行政自らが率先して障害者を受け入れつつある新座市、こういったところから少しずつ風穴があいていくことでしょう。
「地域から」、「地方から」改革の波はきっと、ここからうねっていくのだと考えた1日でした。

一件落着にしてはいけない、という声に押されて
(5月28日)
各派代表者会議、本来は2日に行われる新しい議員の「初顔合わせ」と臨時議会の打ち合わせの予定でしたが、春日部駅西口「旧産業文化センター」用地と隣接する民有地の税金問題に関係した職員の処分が発表されました。
この問題に関しては、二度の臨時議会の報告として「風のたより」にまとめ、「参加する会」のメンバーにはかったところ、「市長の減給処分で一件落着にはできないのでは」という意見が続出。報告のまとめを「一件落着にしてはいけない」として、再度版下を作り直し、やっと印刷に回すことができました。
ところで、では「一件落着としないために、今後どうするのか」それが問われます。基本的には、この1万坪の開発について、今後きちんとチェックしていくことでしょう。
しかし、税の徴収という、行政執行の根幹にかかわることだけに、できれば識者を招いての公開シンポジウムのようなものを企画したいと考えています。
ほかに良いお知恵がありましたら、お知らせください。

無党派が鍵を握る時代を再認識
(5月24日)
「NPO法人コラボ」主催の「無党派から市民派へ」というシンポジウムに出席しました。
問題提起のための特別講演は、北海道ニセコ町の逢坂誠二町長でした。
逢坂町長は、なぜ自分が北海道知事選に立候補しなかったのかという話のあとに、市民派の問題点を、あのやんわりした口調ながら痛烈に指摘。
今の状況を切りひらくためには、「市民がお任せをやめること」、「お互いのちがいを認めること」そこから本当の民主主義がはじまるという時代認識は、まったく同感です。
自治体の長として、まず住民に「自分たちの責任で」を求め、そこから「公平な負担と給付」を実現していくこと、その方針も納得できます。
それを実現する鍵をを握っているのは、有権者の約半数とといわれている無党派層なのです。
後半は、既成政党に納得できず、自分たちで首長候補をかついだり、地方議会議員を擁立した団体が加わってのパネルディスカッション。
「市民派」を自認する無所属議員の役割は、その鍵を握る人たちと連帯しつつ、新しい社会の仕組みを構築できる政治のうねりをつくっていくことでしょう。
そのためには、「自分たちは正しい主張をしているのだから意見の異なる人たちとも、きちんと議論していき、ときには手を結んでいくことが必要なのだという指摘に、自らの1期目の政治活動や選挙の反省を、再確認しました。
新人議員として、ほとんどを一人会派で過ごした1期目は、自分と同じ思いの人たちにメッセージを届けるだけで精一杯でした。2期目はさらにその上に立って、活動も議論も、幅を広げていかなければならないという認識を強くもって帰りました。

本当に協議ができるのか心配になった合併協議会
(5月19日)
4月から、合併協議会と住民会議が設置され、協議がはじまっています。
5月19日に行われた第2回の協議会を傍聴しました。この日は議会選出・団体選出・公募委員それぞれの、合併協議に臨む考えが述べられ、合併問題に取り組む姿勢の違いが明らかになって、興味深いものでした。
しかし、その後の協議については非常に疑問を感じました。
たとえば、庁舎の位置や支所をどうするかという問題では、合併後の新市の組織や体制をどうするのか、という議論がなければ決められない問題ではないでしょうか。
このままでは、事務局がほとんどとりまとめ、協議会はそれを承認するだけの機関になってしまいそうです。
8月までに中とりまとめを行い、9月には1000人規模のフォーラムの開催が予定されているとのことですが、期限ありきで議論が進められないよう、もっともっと傍聴し、関心をもたなければと思いました。
それとともに、市民も発言できる場を設けて欲しいと思いました。

思考停止状態に陥らないための自己訓練が鍵、という宮台真司さんの言葉に納得
(5月18日)
フリースクール「りんごの木」を運営している「越谷らるご」主催の講演会がありありました。講師は、前から一度話をじっくり聞いてみたいと思っていた、宮台真司さんです。
なんと、タイトルが「教育システムが阻害する想像力とイラク戦争」。お話しは、のっけから「教育システムの問題点ばかり言っても、全体像は分からない」と現代の社会分析からはじまりました。
「この閉塞状況をきりひらいていくためには、まずメディア・リテラシーを確立すること。つまり、あふれ、流れている情報を真に受けず、自分で判断する力を付けること」
「生きている情報は右旋回したり、左旋回したり……、つまりそれらの旋回する方向・角度を見極めつつ、自分で判断すること。このとき、真実があると思わないこと」
つまり現代の社会の問題は、学校も含めた社会の中で生きていくためには、思考停止状態に自らを置かないといけないこと。思考停止に陥らないための自己訓練、相互訓練が、新しい時代をきりひらいていく鍵になること、という点も納得できました。
私のキャッチフレーズ、「やめようお任せは 自分のことは自分で決めたい!」というのも、実は思考停止にならず、一緒に考えていこう、というメッセージだったのだと、知らされました。

さあ、今日から新たなスタート
(5月17日)
今日は、選挙の反省会と、今後の活動に向けての新たなスタートの会が開かれました。忙しい土曜日の午後にもかかわらず、20人以上の方がお集まり下さり、率直な意見の交換ができたことを、本当に嬉しく思っております。改めて、今日の席にいらしていない方も含め、皆さん一人ひとりのお力で、票を積み重ねてくださり、再選を果たすことができたのだと、感謝の気持ちでいっぱいです。

今回の選挙は、政党の推薦がなかったこと、私が前回の当選後、大畑から大場に引っ越したこと(大畑は議員ゼロになり、大場は私も含めて4人もの現職がいます。今回も全員が立候補)、武里地区から現職・新人合わせて14人もの立候補があったこと、ことに隣接する武里団地から女性の新人候補が立ったことなど、不利な条件が重なっていて、本人としてはかなりの危機感がありました。
それでも、「自分がされていやなことはしない」「お金をできるだけかけない手作り選挙を進める」という方針で臨みました。無所属・市民派として、地盤や看板、資金力がなくてもできる選挙でも当選できる、ということが実証されれば、もっとたくさんの人が、いわゆるふつうの人が議員になるチャンスが広がるだろうと思ったからです。そして、それが政治の流れを変えることにつながるだろうと。
1 連呼しない
2 駅頭の朝のさわがしい挨拶はしない
3 むやみやたらに電話で投票依頼しない
この3点を守り、ひたすら街頭で自分が4年間、議会の中でやってきたこと、そしてこれからやりたいことを訴える選挙に選挙になりました。そのため、選挙カーを十分回すことができませんでした(マイクは選挙カーを使うか、ハンドマイクを使うときは近くに止めておかなければならないため)。
それがさわやかでよかった、というご意見もありますが、一方で、「片山の顔が見えなかった」、「声が聞けなかった」というご批判もいただいています。
これは日頃の政治活動報告の中ですべき事であって、選挙は一種のイベント・お祭り、いかにアピールするかも必要、というご批判もありました。
今後、無党派・市民派として地盤や組織に頼らないの選挙を続ける限り、工夫の余地があります。
また、期間中はチラシ等を配布できず、街頭演説以外は、ほとんど選挙カーによる連呼しか認められない現在の公職選挙法の改正を求めていくべきときにきていると思っています。
現在のやり方では、日中市外に出てしまっている人は、ほとんど候補者の政策も知らず、顔と名前が一致しない、という状態になってしまうからです。これでは投票率が上がらないのも不思議ではありません。
今回いただいた票は、ほとんど浮動票を含まない固定票に近いもの、という分析もありました。この輪をもっと広げていくために、議会報告「風のたより」の配布先を広げる、議会報告会をこまめに開くなどの協力をしていただけることになりました。
市議会に新しい風を起こすために、もっともっと、自分でも活動を広げなければ、との思いを新たにしました。
選挙費用の方は、自己負担分は、カンパが27万円余り、自己資金27万円弱の計約54万円。支出の内訳は人件費28万円、ハガキなどの印刷代12万円、看板やスピーカーなどの広告費が11万7千円弱、文具費、食料費、雑費がそれぞれ8千円ていどです。

解釈のちがいをどう判断するのか、最後まで迷った臨時議会
(5月16日)
今日の臨時議会は、春日部駅西口の「旧産業文化センター予定地の固定資産税問題」、「隣接地の特別土地保有税徴収猶予問題」の責任をとって、市長など三役の減給処分をするための条例審議です。
7日の「調査会報告」に対する質疑も低調で、もうこの処分で一件落着ににたい、という気分が、執行部にも議会にも漂っています。
加えて今日は、昨年暮れにクモ膜下出血で倒れ、不帰の客となった小松議員の告別式が昼にあるとあって、かなり形式的にすませてしまいたい、というムードです。
市民の皆さんが大きな関心を寄せているこの問題、市長が果たして自らの責任をどう判断したのか、という点を糺さないわけにはいきません。前例に照らして、処分の重さが適切かどうかも含めて、発言通告書を出しました。
ところで昨日、「徴収しなかった特別土地保有税について市長が補填すべき」として住民監査請求が出されました。
これに関連して、議会運営委員長である小島議員から、「市民が納得していない段階で、市長の処分を決める条例を通していいのか」という疑問が出され、開会が遅れました。質疑の前に緊急に各派代表者会議が持たれました。
大勢としては「住民監査請求はいつ出されるかわからない。すべての市民が納得するまで待つ必要はない」というものでした。
私は、この監査請求によって、迷いが生じました。
監査請求のポイントは、「条例を定めずに徴収猶予としたのは、租税法律主義や地方自治の基本原則に反する」ということにあります。この点については7日の質疑でもただしたのですが、「条例を定めていれば、徴収は猶予になっていたのだから、実質的な徴収額はゼロ、実害はない」という市側の判断と、「課税は法律・条例・規則の元に平等であるべき」という租税法律主義の立場からすれば当然、条例に照らして徴収すべきという判断の、二通りの解釈ができるのです。
前者の立場をとれば、監督・管理責任をとって減給処分でよいのですが、後者の立場をとれば、損害の補填が必要になります。
この判断をあおぐには、司法の手が必要になり、しかし判例がないとのことで、ギリギリまで迷いましたが、「弁護士に判断を仰いだ」という執行部の説明を受けて、実害なし、との判断をとりました。
もし、この問題に関するご意見がありましtら、お寄せください。

有事法制に反対する若者たちの声に耳を傾けてほしい
(5月16日)
「有事法制」が衆議院を通過しそう、という報道があり、月曜日から木曜日まで、「いま、平和のためにできることは? 実行委員会」として、各駅頭で「なぜ、私たちは反対なのか」という思いと、16日の国会請願でも、18日の渋谷の反対集会とデモの呼びかけをビラにして配り続けました。
昨15日の夜は、「衆議院を通過」というニュースのあと、小雨の中で、春日部駅東口で、それぞれの思いを語りながら、ビラ配り。話を聞いてビラに手を伸ばしてくれる人もいれば、「ノーサンキュー」といいたげに強く手を横にふって拒否する人もいます。中には「国を守るための法律に、なんで反対なんだ」と息巻く人も。
もちろん、賛成の人も反対の人もいることは承知の上で、いや、だからこそ、なぜ私は反対なのか、というメッセージを伝え続けたい、との思いを強くしました。
ハンドマイクで「戦争に行くのは、僕たち若者」、「僕たちは殺されるのはいやだけれど、殺すのはもっといやだ」と語り続けた若者のメッセージに、「賛成だ」という人たちに、少しでも耳を傾けてほしい、と思います。
去年の国会で、「有事法制」の審議がはじまったとき、私たちは「国を守るための法整備は必要」という強い国会内外の声にたじろぎました。
この法整備が、本当に日本の国を守ることになるのか、平和を守るために軍備に頼るしかないのか考えたいと「いま、平和のためにできることは」というシリーズを企画し、考えてきました。
それが、政府の考えている「有事法制」は反対! という気持ちが強くなったのは、アメリカのイラクにたいする武力攻撃がはじまってからです。
国連の決議を無視し、世界中で起こった「武力攻撃反対」の声を無視して、イラクに爆弾の雨を降らせてしまった事実の前に、私は日本がよその国に武力攻撃する国になってほしくない、と強く思いました。
湾岸戦争で、今イラクは人口の半分以上を14歳以下の子どもが占めています。
その子ども達の中で、湾岸戦争時にアメリカが使った劣化ウラン弾の影響で、白血病などのガンにむしばまれ、経済封鎖によって、満足に医療を受けられないで苦しんでいる子ども達がたくさんいます。
その国に武力攻撃する権利が、一体だれにあるのか、と思います。
「たまちゃん」の目尻に刺さった釣り針を見て、「たまちゃんがかわいそう」と思うとき、そして、矢の突き刺さった鳩の命を助けたいと思うとき、それと同じ思いを、武力攻撃によって命や暮らしを奪われてしまう人たちによせたとき、他国に対する武力攻撃のできる国であってはならない、と思うのです。
そして、今、衆議院を通過してしまった「有事法制関連3法案」は、武力攻撃を予想される事態」や「恐れのある事態」で、武装した自衛隊を派遣できるが故に、日本が他国の罪のない人々の命を奪うことになってしまうかもしれない法律だからこそ、どうしても「国を守るための法律だから必要」と思えないのです。
また、国際法上でも専守防衛以外の武力攻撃は認められていません。もし、世界中の国が専守防衛に徹したら、戦争はなくなることになります。私たちが、そういった世界を求めるためにも、この「有事法制」は百害あって一利なし、といえないでしょうか。
さらに、この法律は「国家を守るため」の法律であって、国民の生命や財産を守るものではない、と明言されています。つまり国家を守ることが、広い意味で国民の財産や命を守ることになるのだと。
国が「有事」だと判断する事態になったら、軍隊が守るのは国家であり、国民の命や暮らしを守るのは地方自治体の役目になります。しかも、自治体は軍隊の行動の邪魔にならない範囲で、あるいは協力した余力でしか、住民を守れないのです。
しかもその法整備もまだ、という段階で、どうして「有事法制関連3法案」の成立を急ぐのでしょう。
もう一つ、民主党が修正案を示し、政府が同意してたった1日の委員会審議、翌日の本会議でまったく審議なしに、こんな重要な法律を通してしまったことに、驚いています。
日本は議会制民主主義の国ではなかったのでしょうか。
そんな思いで、「ワールド・ピース・ナウ」を企画した若者たちの呼びかけた「国会請願」そして「デモ」に参加しました。
その若者たちも「イラクに対する武力攻撃に反対した思いは、有事法制はいらないという気持ちにつながる」と行動しはじめています。平和を求めるからこそ「ノー有事! ビバ友情」と訴える若者達の声に、一緒に耳を傾けてほしいのです。
■5月16日「ノー有事・ビバ友情」行動の呼びかけ文
今回の国会で提出されている有事3法案は、日本がアメリカと共に戦争をするための法案で、有事に備えるどころか周辺国におびただしい脅威を与え、有事を招きさえする たいへん危険なものです。
そして、わたしたちの人権よりも国家の政策や経済を大事と考え、首相の独断で「有事」と宣言し、日本全体を非民主主義的にコントロールすることさえ可能にするという法案です。
それは、ひとり一人の人権を尊重し、あらゆる紛争を平和的に解決しようというわたしたちの憲法の精神にも全く背くことでもあります。
わたしたちはこの有事3法案を認めません。
わたしたちは、世界のみんなが友だちになれば戦争はおきないと考えます。
個人として、ひとり一人が友達となること、国家レベルでも、対話を通して過去を清算し、互いを尊重し協力し合い、よい友人になろうとする姿勢を持ちつづけることで、有事は回避できるのです。
暴力では問題を真に解決することはできません。
非暴力によって築かれた相互の信頼関係こそ、共生を可能にします。
わたしたちは日本に住むひとりとして、同時に、地球に生きる一市民として、良心と理性にもとづいた非暴力による平和の創造のみちを選びます。
わたしたちに戦争協力を強制する有事法制はいりません。
今の政府が有事法制を作っても、戦争へのいっさいの協力はしません。

市民自治が目標、という我孫子市に学んで
(5月14日)
「地方政治改革ネット」で、平成11年度から市単独の補助金を公募制にしてきた我孫子市を訪問しました。
行革の一貫として、補助金そのものを前面的に見直すため、「既得権や前例にとらわれることなく、客観的に公平に配分すること」とともに、「時代が求める新しい事業に補助できるように」という目的ではじまったのが、この制度です。
補助金を必要とする団体が申請し、それを第三者機関が審査するという仕組みで、審査基準は、1.時代度、2.実現(目標達成)可能度、3.創造性(独創性)、4.我孫子らしさの4項目とのこと。これを見ただけでも、市が何のために補助金を出すのか、という目的が、明確に伝わってくる思いがします。
また、市の施策を肩代わりしたり、共同で進めたりする団体に対しては、あいまいな補助金ではなく、事業費として予算計上しているとのこと。
この補助金の見直しは、市民活動を活発にしたい、という意図もあり、平成12年の3月には、「市・企業・市民との協働のまちづくり」を実現するために、「我孫子市市民公益活動・市民事業支援指針」もまとめられています。
また人口13万人の市ですが、17の住区域に分け、それぞれ1館ずつ「近隣センター」を設ける計画を進めていますが、「建設準備会」からセンターを中心にまちづくりを進める「まちづくり協議会」まで、地元自治会頼みでなく幅広い市民参加で進められていることも伺いました。
市民活動支援課長も、財政課長も、「我孫子市の市政の目標は<市民自治>」ときっぱり言われたのが、何ともうらやましい限りでした。

コチドリの雛、救出劇
(5月11日)
総合体育施設に隣接する「谷原親水広場」の観察会にでかけました。
実は先週、観察会の下見に出かけた夫から、「コチドリが抱卵している」との知らせがあり、見に行って確認。
昨年は、卵を産んだのは確認できたのですが、営巣している場所に自由に人が出入りできたため、雛がかえるのは絶望的だと思われました。
今年は館長さんがロープを張ってくれ、「野鳥の繁殖場なので、出入りは遠慮してください」という札も立ててくれ、抱卵が確認できたものです。
「そろそろ、雛がかえっているかもしれない」と話しているときに、なんと犬の散歩に来た人が、コチドリが抱卵している砂利場に犬を連れて入り、ボール投げをして遊んでいる姿を発見。
巣がどうなっているのか見に行こうとした矢先、守衛さんが「側溝に雛が落ちている」と連絡が入りました。
コチドリは一度に4個の卵を産むのですが、ちょうど4羽の雛が側溝に落ちていました。4羽かえったことに安堵すると共に、みんなで救出に。
手で触らないように(人の匂いがつくと、親鳥が面倒を見なくなる恐れがあるため)、慎重に繁殖の場所にもどし、みんなで遠くに離れてしばらく様子をみていると、親鳥が側溝の上を旋回して、チチチ、と雛を呼んでいます。


<上が側溝に落ちた雛。下は救出後>
そのうち、親鳥は雛を確認したのか、砂利場に降りて、雛を呼び、雛が元気に親鳥の方に歩いていくのが確認できました。
観察会終了後、気になってもう一度覗いていたら、親子連れの方が「側溝に落ちている」と教えてくれました。子どもさんたちも心配そうに。探すと、落ちた場所からかなり移動している雛を発見して、再び繁殖場に戻したのですが、この分ではまた、いつ落ちないとも限りません。
側溝に、雛が落ちないような蓋掛けをしてもらうのが一番なのでしょうが、すぐには不可能なので、観察会の主催者である「埼玉県生態系保護協会春日部支部」が館長にかけあって、砂利で側溝の深さを雛が自力で上がれるていどに浅くしてもらう交渉をしたそうです。
今日は25人近くの人たちと「親水広場」内外を歩き、ヒバリ、バン、セッカ、ムナグロ、カワウ、カワラヒワ、ゴイサギ、カルガモなど、たくさんの鳥たちと出会い、カワジシャ、アサザなどの絶滅危惧種の草花のほか、グンバイナズの軍配のような種子や、茅の綿帽子などを観察しました。
たったこれだけの空間でも、生態系に配慮した工事をしてくれると、自然がよみがえるのを再確認。改めて、日本全国の空き地や公園が、こういうふうになったら素敵だと思いました。

政治家でもなく、企業でもなく、生活者が循環社会への道筋をつくる!(5月10日)
「みどりの会議・サポーターズフォーラム」、今月は畔上統雄さんの「地域循環社会形成のプログラム」がテーマでした。
「循環社会」問題の世界的な第一人者である畔上さんのお話しの全体像は、とても私の力では再現できませんが、私の心に響いたのは…。
化学者として、化学物質の誕生から消滅までのライフサイクルを、人間がコントロールできない限りは使うべきではない、と主張してきたこと。化学物資が遺伝子欠損を引き起こす恐怖、現在の技術で汚染したものをいかに薄めて、一見、安全であるかのように見せかけても、自然界の連鎖の中では凝縮されてしまい、安全ではあり得ないことなど、などです。
今のままでは、いかに経済が成長しても、人間の生活が真に豊かになるわけではないこと、持続可能な社会のためには、「生活者が自分の為に、多様性の中から循環型社会への道筋を選択し、つくっていく可能性がある」ということでした。
畔上さんのお話は、今回はほんとに手ほどき程度だったので、詳しくは6月1日(日)に行われる予定の講演会と実践報告を聞いて、お伝えしたいと思っています。
また、循環型社会の実現を求める方、是非一緒に参加しませんか!

目からうろこ、草加市木下市長の「議会と執行部の関係」発言
(5月9日)
「埼玉東部地域・地方政治改革ネット」の例会。ネットの会員の中で、今回の統一地方選挙で改選となったメンバーは、めでたく全員当選しました。
今日はうれしいことに、草加の木下市長が顔を出してくれました。30分ほど、近況の報告、課題など話してくれた中で、
「本来であれば、議会が税金の使い方を含む事業計画を立てて、執行部はそれを執行する機関であるはず」
という発言に、目からうろこ。
国の場合、本来は立法の府であるべき国会が主導権をもたず、行政機関である政府が法律、規則の大部分を起案している実態があります。地方もそれにならう形で、議会はまるで行政のチェック機関になってしまっています。
改革ネットは、今年一年、この問題をテーマとすることにしました。
ところで、では都道府県知事や市区町村のように、住民による直接の投票で選ばれる首長の立場は、という点については、別の角度からの議論が必要でしょう。

<久々の木下市長を囲んで、記念撮影>

一件落着にしてはいけない、春日部駅西口土地の税金問題
(5月7日)
臨時議会。本来は、西口の旧東部地域産業文化センター(現在のふれあい拠点施設予定地)の固定資産税非課税・特別土地保有税徴収猶予問題に対しての調査会報告書に対する質疑を行う、全員協議会の予定でした。
しかし、税制改正に関する市税条例の改正などの議案が提出できることから、臨時議会になったもの。議会の方がきちんと議事録も残るため、歓迎です。
問題をおさらいすると、西口の南1丁目の約1万坪のうち、県が建設を予定していた産業文化センター用地として市が売買予約契約を結び、土地代金60億の2割、12億を手付金として払ったのは、このうちの2千坪です残りの8千坪は、某デベロッパーが所有し、産業文化センター建設と同時に、商業施設を開発しようという計画でした。
この問題のポイントは、
1 市が売買予約を結んだ2千坪の土地は、所有権も登記も市に移っていないので、本来、固定資産税を課税する。しかし実質上の所有権や管理権は市にあるとして、業者から減免申請が出されたら、税を免除するという措置が必要だった。
2 業者が保有する8千坪の土地は、固定資産税は払っていた。しかし、土地投機を目的とする転売を防ぐ目的のため「特別土地保有税」については、県・市・業者が一体となって開発する事業であるので、徴収猶予の対象になり得るが、そのときの条例では、「建物が建てられる」ことが条件。そこで、建物が建てられない特別の事情がある場合には、建物が建たなくても徴収猶予することができるよう、条例の改正が必要だった。その手続きが行われないまま、聴衆猶予してしまった(平成10年度以降は、建設予定地であっても徴収猶予できるよう、法改正がされました)。
調査会報告は
(1)1の固定資産税非課税に関しては、どうして誤った認識のまま、10年以上放置され続けたのか。
に対しては、たとえば、区画整理地による道路予定地の場合、課税の基準日に登記の移転が遅れて、課税対象となっても、公用地と見なされて非課税扱いになる、などの前例に、安易にならってしまった、前例主義が原因だった。
(2)2の特別土地保有税については、県・市・業者が一体となっての開発であり、他の用途として転売される可能性はないし、もし、他の用途として使われる場合は、さかのぼって課税することが可能であるからと考え、特別土地保有税の目的である転売防止に反しないとする安易な法解釈をしてしまったのが原因。
というものです。
「解釈に誤りがあった」と言われてはそれ以上の原因を追及しようがありません。また、業者との間に、不透明な関係が無かったのか、という市民の疑惑には、「不透明な関係を疑われるような事実は確認できなかった」と言われれば、それ以上は、何らかの証拠が無ければ追究できません。
私はこの問題のポイントは次の3点と考え、質疑しました。
(1)一番の問題は、県の施設を誘致しようとして、区画整理も行われていない、買収も住んでいない土地を無理矢理「売買予約契約」して候補地として選定したこと。
ただし、その後、土地買収がスムーズにいかず、区画整理が遅れたため、「東部地域産業文化センター」の建設が遅れたのは、非常に幸運だったかもしれません。なぜならその後、県の計画の見直しにより、「福祉・健康」を主軸とした「ふれあい拠点」に計画は変更されました。
この経験を踏まえて、何でも県の計画に飛びつくのではなく、本当に市民が求める施設・街づくりを進めるのが本来の筋ではないか、と考えます。
(2)業者との不透明な関係について、デベロッパーが一体、この1000坪の土地取得にどれだけ投資したのか。巨額な投資をしたまま何らの利益も生まずに10年以上経過していることから、今後の開発、県と市の施設建設に、その見返りが求められてはならない。
(3)二度とこのようなことが起こらないように、職員の資質向上、研修などによる職務に関する知識の熟知などがあげられている。しかし、本来であれば公平でなければならない税をはじめとする市の職務については、職員の資質にかかわらず、ミスのない体制が求められる。
そのため、法律・税制に関する専門的なセクションの設置と、それを有効に生かすための、システムを整える必要性があるのではないか。
(3)については、今後、危機管理システムと併せ、他市の例や、民間企業のチェック機構の研究が必要と思っています。

いろんな議員の誕生がうれしい!
(5月6日)
夕方から「みどりの会議」公認・推薦議員の当選を祝う会があり、四谷の事務所に。
世田谷で性同一性障害をカミングアウトし、女性として立候補した上川あやさん、川口市でぶっちぎりのトップ当選を果たした菅克己さんのほか、70歳ではじめて港区議に立候補し、当選した樋渡さんなど、話題の顔ぶれなのが、いかにも「みどりの会議」らしく、こんなにさまざまな議員が誕生したことに、政治の流れが変わることが期待できる、とてもいいパーティーでした。
それぞれの人たちの選挙の進め方もその人らしく、とても参考になりました。
新人は、自分のアピールに工夫をこらさなくてはいけませんが、現職であれば、自分の政治活動を主軸として、いかにふだんから選挙に繋がる活動ができるのか、もっともっと、工夫も努力も必要なのだと、改めて思いました。
それにしても、志を同じくしつつ、個性を思いっきり出している人たちの集まりのなんと心地よいことか。これが、従来の政党とちがう、ネットワークの真骨頂なのでしょう。
「みどりの会議」は、地方議会に関しては、あくまでも「ローカル・パーティー」を結ぶ、ゆるやかなネット・ワークであることも確認できました。

私たちは、殺されるのも殺すのもいやです
(5月3日)
今日は憲法記念日。そして、ここ春日部・越谷でも「あらゆる武力攻撃に反対」の声をあげようと企画した「ピース・パレード」第2回の行動日です。
第1回の4月5日は土砂降りで、ビラ配りしかできませんでした。今回は、直前まで選挙がありましたが、なんとか若者たちがビラをつくってくれ、直前の1日、2日と、駅頭で、高校や大学前で、1,200枚のビラをまいて、参加を呼びかけました。
昨夜は我が家に若者が集まり、深夜までプラカードやTシャツ、次回の呼びかけビラなどをつくって準備を進めました。
そして今日、10時からのリレートークの参加者は17人、パレード参加者は15人でしたが、西口は「藤まつり」会場とおあって、次回の呼びかけビラ500枚を手渡すことができ、スタートとしてはまずまずと思っています。
「イラクに対する武力攻撃」は、アメリカが一方的に終結宣言を出しましたが、今回公的に使用を認めた「劣化ウラン弾」の被害は、これから明らかになっていくことでしょう。また、無数のクラスター爆弾の不発弾が、イラクの市民・子ども達の命を奪い、傷つけています。
水道や電気、医療施設といった、ライフラインの復活を初めとする戦後復興にも、きちんと目を向けていかなければならないことでしょう。どんな復興が行われるのかを見据えた上の援助でなければ、真の協力にはなり得ないはずです。
折しも、イスラエル軍のパレスチナに対する銃撃が報道されています。一体、思想信条の違いが、なぜ、罪もない人の命や暮らしを奪うことの根拠になるのか、私たちは今こそ、真剣に考えなければならないと思っています。誰にも、罪無き人々の命を奪う権利はないはずだからです。たとえ、一国の権力を握っている人であっても。
連休明けからの通常国会後半では、「有事法制」が本格的に審議入りするといわれています。
つい先日、日本でも非人道的な武器と非難されている、クラスター爆弾を保有していることが明らかにになったばかりです。
日本が、他国の罪無き人々の命や暮らしを奪うことができるようになるための法整備は認められない、「殺されるのも、殺すのも嫌だ!」という声をあげていましょう!
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