
地域で支えるシステムをつくりたい
(6月29日)
土曜日の28日は、我が家の裏手(我が家が裏手になる?)にできた、グループホームの開所式があり、出席しました。ここを運営するのは、大場谷中自治会長であり、我が家近辺の地主さん、うちもここの駐車場を借りています。
新しいホームは、当然のことながらきれいです。しかし、それだけに、やはり私の抱いている「グループホーム」と異なり、住処というよりも施設に近い匂いがします。
もちろん、これから入所が始まり、個々の生活が織りなされていけば、住処の匂いがしてくるのかもしれません。また、痴呆の身内を抱えた人たちにとって期待されるグループホームが、町のあちこちにできることは、町臨まれたことでもあります。これからどういう運営がされていくのか、このグループホームをきっかけに、大場谷中で、お年寄りを地域でささえていくということはどういうことなのか、考えていきたい、と思っています。
開所式の間、ずっと介護保険課の人たちと、そんなことを語り合い続けました。
今日の午前中は、谷中地区のコミュニティセンターの清掃と消火訓練がありました。私の住む中町が当番でしたが、一通り終わったあと、話題はグループホームのことに。
「私たちの世代では、年金で入居費は払えない」、「できれば今住んでいる家に住みながら、ケアを受けたい」等々、話題は、団塊の世代といわれる私たちの老後のことに。又、ヘルパー資格をとりたいと希望する人が多いことに、驚きました。
今年隣の半の班長になったHさんは、介護保険チェアクラブの一員です。わらじの会の仲間として長いつきあいのあるHさんと共に、一度みんなで、「今住んでいるところで支え合う仕組みを考える井戸端会議をもちたいね」という話になりました。
午後は「CILわらじ総合協議会」の総会。こちらは障害をもっている人を地域で支えていくシステムが、「支援費制度」の前で、変わるのか、変わらないのか、変えるべきなのか、といった議論がここ数年続いています。基金があと1年余りで底をつくので、それまでには結論をだすべきなのでしょうが、制度が変わろうと、システムが危うくなろうが、それでも障害を持っている人を支え合いながらの日常は、大きな変化も混乱もなく流れていくのが、この組織の不思議なところです。
それは、何も無いところからつくり上げてきた、強さ故なのかもしれません。
地域で暮らす人たちが、どんな支え合いを求めているのか、そのために何を行政に臨んでいるのか、それをきちんと伝えるのが私の仕事と、改めて考えた週末の二日間でした。

市民参加をどれだけ真剣に考えているのか、問い続けたい
(6月25日)
議会は、今日から一般質問が始まりました。トップ当選した29歳、新人の白土幸仁議員は、初日の今日、5番目に登壇。若さいっぱいの軽妙な語り口ながら、新しい春日部のために若い世代の声を届けようと言う意気込みが感じられる、質問ぶりに、大いに刺激を受けました。
私の方は、二期目となり、少し余裕をもって、あまりきっちり原稿を仕上げずに臨もうと思っていたのですが、担当課からの聴き取りが厳しく、やはり原稿を練ることになりそうです。
ところで、23日の総務委員会で「パブリックコメント制度」導入のための規則案が示されました。やっと、春日部でも、と期待したのですが、条例や基本計画の骨子がまとまった早い段階で、案を提示し、広く意見を求める、という所まではいいのですが、その後は、採用、不採用については、まとまっった条例案や計画案を示すことで公表するとのこと。
採用・不採用について公表した後、再度意見を聴取したり、公平な第3者機関の意見をあおぐ、ということはないのです。
その点について質問したところ、「この形でやってみて、いずれ、条例を定めるときに検討する」とのこと。
一歩前進には違いないので、さらによりより制度になるよう、見守りたいと思います。
ところで、商工会議所などと一緒になってまとめた、「中心市街地活性化基本計画」なる立派な冊子が配布されました。合併協議会で、「新市建設計画」が練られている今、なぜ、と思わずにはいられません。
一般質問の項目がまた、一つ増えました。

谷中発! 住民参加のモデルを
(6月22日)
廃校になった、谷中小学校の跡地利用についての説明会がありました。
ところが……、説明会の知らせが、小学校の目の前にある団地の自治会には全く届いていないことが判明しました。さらに現在体育館や校庭を使っているスポーツ団体にも、説明会目前になっての電話連絡だったことが明らかになり、不満続出。
経緯の説明を聞いても、自治会の代表と協議してきたことは分かったのですが、広く住民に対する説明や意見交換の場がなかったことから、新設校二校の建設の経緯までさかのぼって、不信感が生まれるのも無理はありません。
私の住んでいる大場谷中は、地元中の地元、ということもあって、学校建設のときからみんなの関心には高いモノがあります(私は途中から転居したので、細かいいきさつは正確にはわかりませんが)。しかし、谷中地区だけでなく、団地の人たちにとっても、谷中小学校に通った子ども達も多く、関心がないはずがありません。
皆さんのお話を聞いていて、春日部市はいつまでこんなやりかたを続けるのかと思ってしまいました。「住民参加」、「市民との共働」という言葉がむなしく思えるのは、こんなときです。
しかし、少しづつでも変えていくために、この問題が一つのモデルになるよう、がんばりたいと思います。
売却面積の問題、そして残したい施設でも「校舎の活用を」、「校庭を市民のグラウンドとして」、「体育館と隣接地を公園に」と意見が三分している状況で、売却を急いでしまったら、しこりが残ることは必然です。
市の胸算用通り三分の二も売却しても、手元に残る売却利益が4億4千万にしかならないのなら、思い切って跡地と施設のの有効活用を求める人たちに働きかけて、市民債を募り、売却処分をやめる方法もあるでしょう。一口1万円で5万口、決して無理な計画ではないと思います。
そして施設を利用しながら、じっくり時間を掛けて、跡地利用をみんなで考えていけばいいと思います。
谷中を住民参加の街づくりのモデルに、皆さんの声をお聞かせ下さい。
キャンドルナイト、定期的に続けたら素敵ですね
夜は「100万人のキャンドルナイト」に参加すべく、8時前晩ご飯の支度を、と思ったのですが、10分ほど遅刻。
食事の支度が整ってから、飼い犬「くう」の散歩に。テレビ無し、パソコン無しですることがないので、いつもより時間をかけて、団地の姪のところに届け物をしながら、夫と三人でやっと涼しくなった夜風を感じて、夜道を歩きました。「くう」と「毎日キャンドルナイトだといいでしょう」と話ながら……。
団地や住宅街を見つめながら、電気の消えいてるお宅があると、「キャンドルナイトに参加しているのかな」と心ときめかせつつ。
夕食は、「当選祝いに」といただいた、「さくら」で有名になった古川の「ハゼ」でつくった和ろうそくをともして、ゆっくり杯を重ねつつ。
9時45分でろうそくが燃え尽きたので、その後は暗闇の中ですごそうと思ったのですが、住宅街でも結構外は明るいモノです。
以前読んだ、豆腐屋作家の松下竜一さんが原発反対を求めて書いた「暗闇の思想」を思い出しつつ……。
ところで、わらじの会の若い人たちは、「見沼農園」でたき火をしつつ「キャンドルナイト」を過ごしているとか。どんな夜だったのか、話を聞くのが楽しみです。

出逢いはいつでもうれしいもの
(6月21日)
相変わらず、「風のたより」を届けに伺う日々。梅雨の中入りの日射しで、あっという間に日焼けしつつ……。
土曜、日曜は比較的、お留守のお宅が少ないの出、お目にかかれることが多いのですが、土日に会合が入ることが多いのが残念です。
今日は、保育所時代に一緒だった方のお宅に、偶然、その頃の仲間が二人集まっていて、十数年ぶりの再開となりました。
今年29歳になる長男の保育所時代、何人かを連れて、「ウルトラマン」の映画を見に行ったり、手足口病の流行ったときに、交代で休んで、子ども達の看病をし合ったりした頃にタイムスリップ。考えてみると、もう、子ども達がその頃の私たちの年代にさしかかっているのですね。
緊張するのは、「この方に届けて」と紹介された、初対面の方の家のチャイムを押すとき。どんな方が……、とドキドキモノです。でも今日は、私の選挙運動に共感した、という方に何人もお目にかかれて、嬉しい1日でした。
こうしてお一人おひとりと出逢い、お話しすることが、私の議員活動の原点、と改めて感じた日でした。
ところで、昨日の私の質疑と病院長の答弁が、朝日新聞の朝刊にのりました。それを見て感じたのは、あのような条例案が示されたときに、議会として、修正案を提出するなりの動きをしていかなければならない、ということです。議案が示されてからの対応について、もっとよいやり方は無いのか、会派で検討していきたいと思っています。

入学金は果たして、どのくらいが妥当なのか迷いつつ……
(6月20日)
今日の本会議では、提案された議案に対する質疑が行われました。
私は、「春日部市立病院付属高等看護学院設置条例」の全部改正について質疑しました。
春日部市では、平成16年度から、今まで准看護師が正看護になるための学校だった看護学院を、高校卒業後、准看の資格がなくても受験できる学校にするための条例改正です。
私に先立って質疑をした並木議員が、受験料が現在の2倍の1万円になり授業料が3倍の月額9千円になること、その上、入学辞退しても一度納めた入学金は還付されないことについて、その根拠を質しました。
昨日の会派の学習会で、その点は説明を受けたのですが、並木議員の質疑・答弁のやりとりを聞いていて、なんだか条例案に賛成できない気分になってきました。
このような公共料金の設定については、財政難の折、また、住民主権という観点から、応分な受益者負担という考え方が導入されてくるのは、避けられない状況です。
しかし、県内の公立の看護学院と比較して、ほとんどトップクラスといっていい、高額の入学金や授業料を設定してもなお、市の財政負担は1億前後になる、という現状です。だったら、市の負担を数十万単位、上乗せしても、受験生や入学後の生徒負担を軽くすべき、という議論が起こるのも、無理はありません。
このような議案の時が、最も迷うのです。
しかし、この条例案を否決するか、あるいは入学金などの額の一部修正を加えるかは、多数派の協力が必要になります。入学金などが高すぎるから反対、とするのは一見筋が通っているように見えますが……。多数派が原案賛成で通ってしまうのなら……。
私は、次の点について質疑しました。
「入学辞退者の中には、経済的理由で公立にしかいけないため、掛け持ち受験している受験生もいるはず。そういう受験生にとって、納めてしまった入学金7万円が戻って来ないのはかなり厳しい。そこで、県内の公立の看護学院と協議して、入学の手続きの時期と合格発表の時期を検討し、できるだけ入学金を納めてしまったあとの辞退者がないよう、検討できないモノか」
これについては、病院長が努力すると確約しました。
また、来年、専修学校になる際に条例改正が必要になるので、その際、入学辞退者に対する入学金還付については検討するとの答弁もありました。
入学手続きを済ませてからの辞退者がいなければ、再募集の手間もなくなり、市にとってもそのほうがいいことになるので、是非、実現してほしいものです。
今後、「市立病院運営協議会」委員として、条例改正もチェックすることができます。きちんと見守りたいと思っています。

身近な問題を取り上げたいと思いつつ、やっぱり…
(6月18日)
今日から6月議会が始まりました。今議会は執行部提案の議案は、「高等看護学院」が3年生になることに伴う条例改正、補正予算等の3本のみです。例年6月議会は、議案が少ないのですが、特に今回は、5月に臨時議会にあったため、一般質問が中心です。
新人議員のほとんども含め、25人が質問に立ちます。自分が投票した議員がどんな質問をするのか、是非、傍聴にいらしてください。といっても平日の日中では、むずかしいことでしょうが……。
以前、土日や夜間の議会を検討した琴があったのですが、傍聴者が継続的に増えるよりもむしろ、増えたのは最初だけで、だんだん減ってしまうことから、本格的な検討には至りませんでした。
私の一般質問は、6月30日(月)の5番目、多分午後4時過ぎになると思います。今度は是非、身近な問題を、と思っていたのですが、「児童センター構想」、「市町村合併の協議の進め方」、「住民基本台帳ネットワークの第2次稼動に向けて」、そして「有事法制」についてと、この時期に質しておかなければならないことが山積。大きな問題ばかりですが、できるだけ具体的に、身近に質問項目をまとめるつもりです。
ところで、廃校になった谷中小学校と沼端小学校の跡地利用について、政策課といろいろ意見交換をしてきましたが、22日(日)午前10時から、「ゆっく武里」で住民説明会があります。関心のある方は、是非ご出席下さい。

合併協議にご注目を!!
(6月16日)
新部議員、白土議員と一緒に、第3回の合併協議会の傍聴に行きました。
3回目とあって、協議がかなり具体的なところにふみこんできた感じ、2回目よりも活発な議論が続きました。
合併論議の進め方については、一般質問で取り上げる予定ですが、、全体の印象としては、「住民参加」でまちづくりを進めてきた宮代町、杉戸町の委員が、合併して大きな市になったとき、それがどこまで生かされるのかに対して危機感をもっている、それだけに真剣な意見が出る、ということです。「住民自治の立場から見ると」という意見が続出して、思わず「いいぞ!」、「そうだ!」とエールを送ってしまいました。
春日部市は、たしかに人口20万余、他の3町の7倍近い規模ですが、だから合併に関して春日部主導、とはいかないのが、対等合併です。
規模が小さいからこそできてきた、住民と共働のまちづくりが、生活環境としての満足度や、地域に対する愛着が生まれるキイポイントだとすると、もし合併して人口32万という中核都市になったときに、それをどこまで生かしていけるのかも、重要な課題だと感じました。
それにしても、もっともっと、住民サイドで合併に対する論議を起こして行かなければ、と、傍聴にきていた、他の3町の議員と話し合いました。

ごめんなさい!!
(6月15日)
今日は「CILわらじ」の基金運用委員会を」すっかり忘れていて、電話で呼び出し。最近、スケジュールは手帳と携帯の両方で管理するようにしているのですが、うっかり携帯に入れ忘れてアラームが鳴らないと、こういうことになってしまうと反省。
29日の総会に向けて、予算案を討議するということはとりもなおさず、活動計画をどうするのか、ということになります。
CILというのは、発足以来25年を経過し、「デイケァ施設」、「グループホーム」、「介助システム」「障害者雇用の場としてのリサイクルショップ」等々、活動が広がり、場も増えてきたわらじを束ねる総合協議会です。
日頃、かかわることが少なくなったことを、申し訳ないと思いつつ……。私としては、わらじの会に止まらず、在宅の障害者の地域での支援のための情報発信と、ネットワークの要となってほしいと要望しました。
午前中の町会の清掃でも、ゴミを拾いながら障害者だけでなく、高齢者も、住み慣れた地域で住み続けられるために、何が必要かという話になりました。「もう大型の施設はいいよね。できれば、今の暮らしのままで、介護を受けられるシステムがほしい」
そう願う人が圧倒的に多いはず。介護保険はそのための制度だったはずです。二期目は、具体的にその施策に向けて、民間で頑張っている人たちと一緒に動きたいと思っています。
ところで、6月初めから、あいている時間は「風のたより25号」を届けています。平日の日中は、ほとんどお留守、土日は会合が多く、その合間を縫っておじゃましていますが、お目にかかれば書かれたで、積もる話に花が咲き、6月議会が始まるまで、お届け仕切れないかも! という状態になってきました。ごめんなさい!! 自転車に「風のたより」と地図は、しっかり積み込んで走っているのですが!!

新しい住まい方、コーポラティブハウス
(6月14日)
日暮里にできたコーポラティブハウス「かんかん森」の見学会に言ってきました。
コーポラティブハウスというのは、北欧で進められている新しい暮らし方で、形式は共同住宅ですが、そこに暮らしたい人が、設計の段階から参加し、住宅を一つのコミュニティーとして、何を共同でやっていくのかを考え、その結果、個人スペースや共同スペースを決めて建設するものです。
住んでからの運営も、自分たちでやっていくことになります。
日本でも、10数年前から各地でこのスタイルの共同住宅が誕生しつつありますが、今回の「かんかん森」は、廃校になった中学校の跡地利用として進められた、というので、見てきました。
コーポラティブハウスそのものは、まだ難しい、という思いをもちましたが、12階建ての1階部分は、反公共的なレストランなどのスペースで、保育所や診療所も入る予定とか。4階以上は、介護の必要なお年寄りのケア付き住宅や、自立できるお年寄りのケアハウスになっています。
しかし、お年寄りばかりが暮らすのではなく、色々な世代の人たちが住む共同住宅をめざし、その一環として、コーポラティブハウスの構想が生まれたようです。
このコーポラティブハウスを、普通の賃貸なり分譲に置き換えれば、谷中小学校の跡地に、こういった共同住宅を誘致することも夢ではない、という思いを強くして帰ってきました。
コーポラティブハウスそのものも、老後の住まい方として魅力のあるものの一つ、もっと他の例も調べていこうと思っています。
形ばかりの住民参加で進む心配のある合併協議
(6月13日)
全員協議会で、第1回と第2回の合併協議会についての報告がありました。2回目の協議会は傍聴に行ったので、内容はあらかじめ分かっていたのですが、気になるのは協議の進め方です。
組織図には、協議会の指示で、幹事会(1市3町の行政の幹部で構成されています)が協議し、その幹事会の指示を受けて、具体的なことは専門部会(1市3町のそれぞれの分野の行政職員で構成されています)が協議して原案を作成することになっています。
組織図を見ると、専門部会の役割として、1.議会との調整、2.庁内の調整、3.住民の意見を聴取、とあるのに、この調整が原案作成時に生かされているのかどうか。少なくとも、今まで一度も具体的な内容について、議会にはかられたことはありません。
その点について質問すると、「調整というのは、個々の原案に対する意見の調整ではなく、全体的な調整」とのこと。
ちょっと待って! という感じです。全体を決めるために、個別の問題の積み上げが大事ではありませんか!
100歩ゆずって、では新しい街の将来像を決める「新市街づくり構想」にどの程度住民意見が反映されるのかについても、「住民会議で出た意見を参考にする」というもの。
これを7月中に中間とりまとめて9月に1500人規模のシンポジウムを行い、10月頃住民アンケート調査を行う、というスケジュールでは、行政主導で、合併協議がどんどん進められていくことになってしまいます。
当面、この動きに対抗するために、まず、議員選出の合併協議会委員に対して、協議会に臨む前に、全員協議会もしくは「合併検討委員会」を開いて、議員の意見をとりまとめることを求めていく必要があります。こんなことは、民間の組織では当たり前のことです。
もう一つ、住民参加については、地区ごとの説明会を頻繁に開くことを求めるとともに、住民主体の協議の場を、他の3町の議員とともに、つくっていこうと思っています。
新しい市をつくるべきかどうかは、私たちがどんな街で暮らしたいのかを真剣に考えた上でないと、決められないはずですから。

従来の手法にこだわらない街づくりのために
(6月11日)
今日は、会派に対して「粕壁三丁目A街区市街地再開発事業」の説明会がありました。
通称「寺町」とよばれている、古隅田と古利根川が合流する地点から、春日部駅方向に向かって、旭一宮線をはさんで、両側に広がる住宅地を再開発するというもの。春日部市の「第4次総合振興計画」の中で、中心市街地活性化事業の一つとして位置づけられています。
旭一宮線が都市計画道路決定してすでに23年。その後13年経ってやっと再開発協議会が立ち上がり、その2年後に開発準備組合が設立されてからでも8年経っています。
当初は、大型の商業施設を中心として、マンションと一体の街づくりを行い、ロビンソン周辺からA街区に買い物客の回遊を図って活性化を、というプランでしたが、商業テナントが出店を辞退して、計画は頓挫していました。
ところで、今回新たに政策課が示したプランは、A街区の川寄りの1街区にはケア付き住宅も視野に入れた高層マンションを、駅寄りの2街区には、民間のスポーツ施設と春日部市の公益施設を併設する4階建ての施設を、というものです。
その公益施設は? 「都市型児童センター」+「子育て支援センター」とのこと。
今の時代、この地域に大型商業施設はむずかしいというのは納得できますし、この場所に子育て支援センターが設置でき、一時預かり、保育所への送迎サービスなどが実現すれば、それはそれで臨むべき方向転換と言えます。
またこの周辺は、古い春日部らしさの残る街で、先輩議員がこだわるようにここに大きな道路を何本も通しす必要はないと思います。
総論は納得できますが、だとしたら、なぜ、合併論議が進んでいる中で、突如具体化してきたのか、とくに一般財源にしわ寄せがいかないよう、できるだけ民活でといいながら、不足する分はまた、起債に頼るとしたら、私の質問に対して助役が答えたように、
「これは春日部市の独自事業であって、他の3町に迷惑のかかる起債ではない」と言い切れるのかどうか。
また、都市型児童センターがこんなに早く整備されるのなら、牛島に建設予定の郊外型児童センター構想も、再度見直すべきではないかと思います。なんといっても、何もかもの要素を詰め込みすぎて、郊外型という特徴の薄められたプランだったのですから……。質問すると、6月議会の際に、全員協議会を開いて、もう一度設計案を示すとのことでした、
最後に白土議員が「西口のふれあい拠点施設と合わせて、もっと総合的にじっくり取り組むべき再開発」と発言しましたが、私もそう思わずにはいられません。いくら市長が最重要課題と公約した都市整備だとしても!

疑問だらけの議会人事
(6月9日)
臨時議会がありました。
選挙後の臨時議会は、議長・副議長をはじめ、常任委員会や各種議会選出委員などの議会人事を決めるためのものです。
さて、昨年は、この議長・副議長選挙をめぐり、前代未聞の、多数派の議会ボイコットによる14日間の空転劇がありました。再びこういうことがあってはならないとの思いもあり、私と新部さんの「みどりのネットワーク」、「春日部21」の2名、無所属議員2名、そして新人の白土さんの7人は、議会改革を旗印にした統一会派「新政の会」を結成しました。
議会の会派構成は、「彩政会」11名、「新政の会」7名、共産党5名、公明党5名、民主党1名、社民党1名です。
さて、人事をスムーズにするために、常任委員会の構成と議会選出議員の構成は、一部を除いて(重要な委員もしくは名誉職のような1名だけ選出の委員)、各派の人数に応じて割り振るドント方式がとられました。
だとしたら、議長・副議長はじめ、委員会の委員長・副議長のポストも従来通り、ドント方式で臨むのが無理のない決め方、と考えるのが当然だと思うのですが……。
彩政会と同調する公明党(計16名の過半数になります)の言い分は、「新政の会」は寄せ集めだから、会派として認められない、ということで正副の議長、委員長は全部選挙ということになりました。
この選挙という方式、一見公平に見えますが、立候補制をとらないと、真の公平な選挙にはなりません。
「新政の会」内部の話し合いでは、「選挙にするなら立候補制を」という声が強かったのですが、今年は各派代表者会議でそこまでの議論に至らなかったとのこと。残念ながら、立候補制はとられませんでした。
選挙の結果は議長は彩政会の石川勝也議員、副議長も彩政界の小久保博文議員となりました。私は彩政会と公明党に対抗するため、残りの会派で候補者を1本化するべきと主張したのですが、共産党が独自候補でいきたいということで、これも実現できませんでした。少なくとも14票にしておくと、たとえば16人の中で白票を投じる人がいるなど、番狂わせが起こる可能性もあるのに……。
これをお読みの方の中には、もういいよ、人事の話は、という方もいらっしゃると思います。人事の選び方に、会派の真の姿が透けて見えることも事実なのです。
結局私たちは、人事の件での余計なゴタゴタを避け、「選挙で負け、ということになれば、それはそれでスッキリする」と選挙に臨みました。
常任委員会の構成は、総務委員会7名、厚生福祉委員会8名、建設委員会8名、教育環境委員会7名です。
8名の委員会は4対4の同数でくじびきになったのですが、厚生福祉委員会で、共産党の卯月議員が当選くじを引いて副委員長になったほかは、すべて彩政会と公明党が当選くじを引き当てたとか。
しかし、番狂わせは起こるモノです。私が所属する総務委員会は7名なので、最初から4対3、もしくは4対2対1で負けるとの予想で、委員長は共産党の並木議員、副委員長は私、という人選で臨みました。ところが、副委員長選で、何と彩政会の岡村議員と私が3対3の同数に。ざわめく彩政会と公明党。結果は岡村議員が当選くじをひきましたが、その後、片山に投票した一人は誰だ! という謎が残ったままです。
番狂わせその2は、合併協議会の議会選出委員を決める選挙のときに起こりました。
なんと、新政の会などが推した山崎進議員と公明党の推す大山議員の2人が9票を獲得して選出され、彩政会の推す岡村議員が7票で落選したのです。開票結果が示されとたん、彩政会のメンバーの表情が硬くなるのがみてとれました。
今回の人事で疑問が残ったのは、春日部市の前行政統括管であった岡村議員を、総務副委員長と合併協議会委員に推した彩政会の考えです。
どんなに優秀な職員であっても議員としては一年生、しかも当選したばかり、行政の立場から議員の立場に、そんなにすんなり切り替えができるのでしょうか。
おまけに建設委員会の副委員長はといえば、前回市の建設部長職を最後に定年退職して議員になった利根川議員が副委員長に。?マークが並ぶ、人事です。
教育環境委員会の副委員長は、当選したばかりの、公明党の五十嵐みどり議員が選出されました。本人の実力を認めての人事なのでしょうが、これには「当選したばかりで副委員長は、本人が勉強できなくて気の毒」という声も上がりました。公明党が5人の会派なのに、彩政会と手を結んでポストを確保したせいで、このような人事になったのでなければいいのですが……。
他の会派のことに口をはさむつもりはありませんが、本当に公正な議会運営を求めての配置なのかどうか、疑問が残る人事となりました。

歴史・自然を知って、愛着が……
(6月8日)
「古利根川を全部歩く会」。第2回の今日は、宮代(杉戸)から春日部の公園橋まで歩きました。
古利根を訪れる水鳥たちの多くは、もう北へ渡り、今日はオオヨシキリ、カイツブリ、カワラヒワなど、鳥たちはほんの数種しかみかけませんでしたが、スズメの可愛い砂浴びを見たり、ムクドリがせっせと雛たちに餌を食べさせているところを目撃したり、いつも見かけている鳥たちでも、いろんな姿を発見することができました。
総勢60人近い人たちは歩き専門のウサギグループと私たちのように「これなーに! あれは? の自然観察大好きカメグループに分かれてしまいました。それぞれの興味の赴くままに、古利根川の歴史も学びつつ歩いた休日、歴史や自然を知ることによって、自分の住んでいる地域にさらに愛着が強くなるような気がしました。

<田んぼの中にホウネンエビ(長く延びたイネの左側に2匹)。ここにはヤゴやヒル、タニシなどが確認できました>

<絶滅危惧種のイチョウウキクサ(濃い緑の浮き草)もたくさんみられました>
<こんな可憐な花なのに、「ハキダメギク」とよばれているとは! 何となく親近感を覚えて写しました。オオイヌノフグリ、ヘクソカズラなどと共に「悪名七草」といわれていると聞いて、納得>

「戦争ができる国」から、「戦争しない国」に!!
(6月7日)
「有事法制」関連三法案が、ついに成立しました。たくさんの「なぜ?」を残したまま。
なぜ・その1 「周辺事態法」と今回の、「武力攻撃事態法」で、”武力攻撃が予想される事態”や”〜恐れのなる事態”の解釈がちがうのはなぜ?
なぜ・その2 奇襲攻撃に対する対処にはふれていないのはなぜ? ほとんどの武力攻撃は、奇襲からはじまるのに? これが「国」を守るための法律?
なぜ・その3 どんなに「非常時の自衛隊の行動に歯止めをかけるため」といっても、「アメリカ軍」の動きには歯止めはかけられない! 「それについては協議する」とのこと。日本全土が治外法権にはならない?
なぜ・その4 国民を守るための法律は後回し、というなら、なぜ、3法の整備を急ぐの?
もっともっとたくさんのなぜはあるけれど、どうしてこんなに大事な法律を、自治体や多くの国民の疑問を押し切って、急いで成立させるのか、そこに不安を感じます。
法案が成立した昨日は、春日部駅東口で、今日の「ぴーす・ぱれーど」の呼びかけのビラを配りながら、「有事法制」を発動させないために、一緒に考えよう、と呼びかけました。
そして今日のぴーす・ぱれーど」でも。
日本が「戦争のできる国」になったのなら、私たちは「戦争をしない国」にするために、何をしなければいけないのか、そして何ができるのか、考えていきたいと思っています。
「イラクの子どもたちは今」の写真展を開いたときに知り合った、佐藤さんという女性が、自分が写したイラクの子どもたちの写真のCD「イラクの光と影」をつくりました。今、世界中の反響をよんでいるシャーロット・アルデブロンという13歳の少女の平和のメッセージを、秩父高校の生徒たちが朗読したものバックに流れ、いろんなことを考えさせてくれるCDです。ご覧になりたい方は、片山までご連絡ください。

何がなくても、自然があれば
(6月4日)
埼玉県生態系保護協会春日部支部・久喜支部・杉戸支部と、近隣の自然保護(愛好)団体などの共催で、「古利根川を全部歩いてみよう」という企画がスタートしています。第1回の久喜から宮代・杉戸までに参加できなかったメンバーのため、今日、追加で実施してくれることになり、参加しました。
もうガン・カモ類の渡りは終わったのですが、オオヨシキリ、カワラヒワ、セッカ、カルガモ、キジなど、さまざまな鳥たちの鳴き声や姿を楽しみながら、古利根沿いの自然を満喫した半日でした。
変哲もない草むらのように見える川沿いの道も、鳥や植物に詳しい人と歩くと、様々な発見があります。何がなくとも、そこに自然があるだけで、ゆったりと満ち足りた時間が流れることを再確認しました。
次回は6月8日(日)、宮代から春日部まで、歩きます。興味のある方、一緒に歩きませんか?

<ここから古利根川がはじまるよ、という標識で記念撮影>

<葦に止まるオオヨシキリをそこここに見ることができました>

統一会派を組むことになりました
(6月2日)
今日は、新しい議員の顔合わせがありました。今日まで、会派の届け出でをしなければいけません。
私と、補欠選挙で当選した27歳の新部裕介さんは、「みどりのネットワーク」を組んでいましたが、新人、29歳の白土さんと新部さんが相談の結果、もう少し大きな枠組みで、会派を組んだほうがいいのではないか、という結論になりました。
私は、一人会派になろうと思ったのですが、いろいろ協議の結果、「議案に対する賛否は拘束しない」という約束の統一会派を組むことになりました。メンバーは、私と新部さん、白土さん、「春日部21」の石川良三さん、河井美久さん、無所属の山口保さん、山崎進さんの7人です。
この顔ぶれ、実は昨年の議長選挙をめぐる14日間の多数派のボイコット事件のおり、ボイコットを糾弾したメンバーです。会派の大きな目的は「議会改革」です。早速、議長選挙を立候補制にするよう、提案していくことになりました。
会派名は片山が提案した「市政改革クラブ」は採用されず、「新政の会」ということになりました。
今後、会派にしばられて、活動が制限されることのないよう、厳しく身を律していく所存です。
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