
それにしても、父の生家のあった集落は、今どれくらいの戸数があるのでしょう。雪深い山奥で、多分、林業が中心だったであろうこの地域。都会から来た私たちには、どこまでも続く林や森、そして清流の流れが、日頃の疲れを癒してくれるとしても、ここに暮らす人たちにとって、合併や分権の波はどのように押し寄せてきているのだろう、とふと思ったことでした。
墓地から車で一路、秋田へ。能代・大館空港の開港に合わせてつくられたのか、市街地を避けて山懐の林を縫うように走る、信号機のほとんどないバイパス道路と、広域農道を通って 、2時間半足らずで到着しました。「もう道路なんかいらない、ってきっと思うからね」という義兄の言葉通りでした。
高速道路と並んで走るこの広域農道、平日は、長距離トラック便でも走るのでしょうか? 日曜日の今日は、数えるほどしか車が走っておらず、まるで、アメリカのハイウェイ道路のような印象でした。

行政は最大のサービス産業、の原点に立ち戻るために
(7月22日)
「地方政治改革ネット」のシンポジウム、第3回目の今回は、草加市の木下博信市長を囲んで「地方が変わる」というテーマでした。はじめに木下市長の基調講演を聞き、それをもとにパネルディスカッションを行いました。
平日の夜、という悪条件で、しかも50人の会場しか確保できず、「もったいない」という思いで事前のPRも控えましたが、会場が満員になってみると、改めて、この時間設定ではこのくらいの規模で良かった、と思いました。これでも、会場とのやりとりの時間が少なすぎた、という声が寄せられたのですから、もっと大きな会場でたくさんの方にお集まりいただいたら、一方通行の集まりになってしまったことでしょう。
木下さんの基調講演は、「政策を決めるのは本来は市民と議会、その決定に従って、どこまで執行できるのかが行政の役割であり、市長の責務はどこまで効率的に執行できるかを判断し、実行すること」という持論の展開から始まりました。
しかしながら、この当たり前のことが、庁内でも議会でも市民の皆さんにもなかなか理解してもらえず、2年たって、やっと分かってもらえたのかな、という段階で、「木下はヒットラーだ」という批判もあるとか。
「多分、草加市を含む5市1町の首長には、みんなそういう認識があるはずなのに、どうしても政策決定が市長の仕事、という誤解に阻まれて、本来の責務に全力投球できないのが悩みでは…」という話に、なんともうらやましい、と思わずにはいられませんでした。
何かというと、「国が、県が」というどこかの市長とのこの認識の違いの大きさは!
「右肩上がりだった時代ならともかく財政的にこれだけ厳しいおり、市民の皆さんに政策決定してもらわなければ、自治体がやっていけるはずがない」という認識も、ごくごく当たり前のことなのに、なぜかそれにもお構いなしで、どこがどう決めたか分からない「劇場都市・春日部」などという、「集客力のあるまちづくり」をめざす時代錯誤のプランが堂々と示される我が市。
「行政のあるべき姿に立ち戻るために、予算偏重から決算重視へ」、「予算案作成前に事業計画を示し、議会で議論してから予算編成を」という提案は、私も前から主張していた点であり、是非、草加市で先鞭をつけてもらいたいものと、と強く思いました。
と他力本願ではなく、春日部の中で、どれだけ市民が主体、という意識改革ができるのか、二期目の最大課題として取り組みます。
「行政は最大のサービス産業」という視点で、もの申していきながら、同じ思いの皆さんの我を広げていこうと思っています。お力、お貸しください。

自治体が力をもつためには
(7月19日)
「市民立法機構」の条例づくり交流会議があり、出かけました。
全体会議のテーマは「自治体づくりの要-議会の役割と可能性」でした。前三鷹市議・高井さんの、自治体議会が真の機能を発揮するためには、議会在り方、選挙の方法も含めて、自治体が自ら設計すべし、という主張はなるほど! でしたがそんなことを考えるにはほど遠い我が市議会の現状に、ため息が出ましたが、しかし、知事が変わるこの夏、埼玉の政治風土が少しでも変わる流れを、と思いました。
休憩時間は、埼玉から集まった無所属議員で、知事候補の情報交換を。
分科会は「新しい自治体の創造-平成の大合併を契機として」に参加。さいたま市、西東京市、あきる野市、そして合併を見送った神奈川県二宮町の事例報告がありました。
合併を契機に新しい自治体が創造できるかどうかは、合併論議が行政州土ではなく、住民参加で行われることが基本、今更ながら、という感はありますが、その原則に立ち戻って、今後も問題提起をし続けるぞ、という決意を新たにしました。
ところで、今日は、新議長の就任祝いの会があったそうです。新人のS議員が、「招待状はこなかったけれど、議長は議会全体の長なのだから、挨拶しないのは礼を失する」と出席したとのこと。
ところが、彩政会の前幹事長、現議会運営委員長から、「何しにきたんだ、一票も入れていないのに」と集まった人の面前で罵倒されたとのこと(これは伝聞情報です)。議長職を議会全体のものと考えることのできない人が、議会運営委員の職にあるのも考えものです。
議長は議会運営に当たっては公平・中立でなければならないはず。会派からの離脱を求めるつもりです。

「職員」という立場になると
(7月17日)
きみ子さんは、重度の障害を持っていて、24時間の介助が必要です。きみ子さんは、もう故人となったお父さんとお母さんにとても大切に育てられ、「いっそ、この子がいなければ」と首を絞めらたこともある、濃密な親子関係の中で過ごしながら、やがて、お父さんが「この子の面倒を最後まで見てくれるなら」という条件で提供してくれた田んぼに、みんなが福祉法人を立ち上げてつくった、生活ホーム「もんてん」に暮らし、階下の通所施設「べしみ」過ごすことの多いこの頃です。
褥創がひどくなったり、痰がからんだり、嚥下が困難になったり、少しずつ加齢に伴う機能低下に加えて、どうも覇気がなくなったのでは、そんな職員の問題提起を受けて「きみ子さんのことを語る会」がもたれました。
みんなの話を聞いていて、「きみ子さんはどうしてほしいのか」と真剣に悩んでいる職員とは対照的に、生活ホームができる前からきみ子さんとかかわってきたいわゆる「わらじのおばさん部隊」たちは、あっけらかんとしているのに気がつきました。
私は、といえば、「きみ子さんの介助は、私にはできません」(実はしたくないというのが本音)と、緊急時以外には介助したことが内ので、大きなことは言えませんが、つまりは生活ホームの入居者と職員という関係で無かった頃のみんなは、きみ子さんがどうのこうのという前に、天気が良ければ散歩に行き、交渉ごとがあれば連れだし、それはおんぶ紐できみ子さんをくくりつけてバイクを走らせた母ちゃんのようにはいかなかっにしても、それぞれ自分なりのかかわり方で、きみ子さと接してきたのだと思います。私のように拒否することも含めて。
意外だったのは、私は「わらじのおばさん部隊」と職員を分けて考えたことは一度も無かったのに、今晩は、ちょっと隔たりを感じてしまったことです。それは同時に、施設ができ、介助のスタッフが何時もそこにいるという安心感から、それで地域でともに暮らす、暮らしが成り立っていると錯覚していたのではないか、という反省もさせられました。職員の人たちにしてみれば、その辺の不安なり不満もあっての、今夜の会だったのかと。
いずれにしても気付いた時が、チャンスです。

地域で共に、という場がもう一つ武里に
(7月15日)
長い間、地元の反対などにあって、建設が遅れに遅れた「精神障害者通所授産施設・おおば」が、この6月に完成。議会中でオープニングなどに参加できなかったので、今日、報告会の会場の予約旁々、訪問してみました。
授産の部分は、「喫茶ゆめ色」だけで、あとは通所者の方が希望する活動をするとのこと。
「説明会」と称する反対集会の席で、精神障害をもっている人たちへの偏見のあまりの強さに、思わず抗議してしまったことがありますが、それを乗り越えて(かなり地元の人たちの感情に配慮した形で)オープンできたのは、嬉しい限りです。
スタッフに旧知の間柄の方もいらっしゃり、「喫茶ゆめ色」では顔見知りの方が何人も食事やお茶でくつろいでいて、このふれあいから、少しでも地域で共に暮らす輪が広がっていけばいいな、と思いました。

小規模自治体切り捨てがもたらすものは?
(7月14日)
「虹とみどりの500人リスト、ミニ政策研究会」に参加しました。
テーマは「三位一体の地方改革」で、地方自治総合研究所の高木さんから最初に問題提起を受けた後、総務省と財務省の担当官からのレクチャーがありました。
このコンビが絶妙で、総務省の担当官は歯に衣着せぬ、開けっぴろげな物言いで、何度も「そこまで言っていいの!」と参加者は爆笑したり絶句したり……。
「本当にわかりやすい」とみんなが納得のいく説明で、総務省の考えがよくわかりました。
春日部市でも6月議会で「税源移譲」を求める意見書を提出しましたが、具体的な税源移譲についてはこれから、とのこと。それについてくだんの財務担当官氏、「今まで参議院の委員会の質疑に出席していたので、それを参考までに」と前置きして、「塩川財務大臣は『どういう税を移譲するかは自分はこだわらない』と答弁し、片山総務大臣は『安定的で偏在性のない税を移譲を求める』と答弁し、小泉首相は『いろいろ意見があるので、与党間で協議して……』と答弁した」と披露。この三者ならさもありなん、とみんな納得。この場面が一番爆笑させられました。
ところで、地方が国に縛られずに、自主財源で地域特性を生かした行政執行ができるように、ということが目玉となっているこの「三位一体改革」ですが、市町村合併ともセットになっています。つまりは、目標として現在9割もの自治体が地方交付税の交付団体となっているものを、合併と税源移譲によって、最終的には交付税を受けなくてもよい自治体を増やしていくことにあります。
そうなると、たとえばいかに合併を進めても人口増にはならず、税収も増えない自治体があったとしても、そこは森林を守り、日本の環境保全に貢献度の高い地域かも知れません。そういったところを切り捨てることにつながらないよう、つまり、日本全国一律に中くらいの市がモデルといった、地方政策にならないよう、監視が必要だと思いました。

行政のトップの在り方について考えさせられます
(7月13日)
松伏町職員自主学習グループ主催の、新潟県加茂市長、小池清彦氏の「なぜ市町村合併に反対するのか」と題する講演会に参加しました。
防衛庁の官房防衛審議官までつとめた後、加茂市長となった経歴の小池氏は、最近、「イラク復興支援特別措置法」に対する異議申し立てをしたことで脚光を浴びていますが、「国からの強制的な合併は民主主義が破壊され、地方を滅ぼすもの。地方が滅びれば国も滅びると、昨年から積極的に「国を亡ぼし、地方を亡ぼす市町村合併に反対する」という冊子を、各自治体や国会議員、政党などに配布しているという方です。
総務省が提示している、財源も含めたさまざまな合併に関する特例措置を分析し、広く巷で「飴をしゃぶらせて合併を進める」と批判されている飴(小池市町によると馬の鼻先にぶら下げたニンジン)は、決して食べることのできないものである、と看破している論点は、とても示唆に満ちたものでした。
ことに、合併後、10年の特例措置が過ぎた段階での地方財政がいかにひどい状況になるか、という指摘は、よそ事ではありません。
この小池論文を元に、春日部市を含む1市3町の合併の財政分析を、他の議員と協力してやってみようと思っています。
それにしても、人口3万4千人弱の加茂市長が「合併は必要があればいつでもできるものであり、縄を蛇とまちがえてあわてて合併して、北越の小京都加茂市長の存在そのものが永遠に消滅してしまうような具を犯してはならない」と高らかに宣言する姿に接し、地方自治体の長としての在り方をつくづく考えさせられました。

重箱の隅をつついてはいませんか?
(7月12日)
「新市まちづくり住民会議」を傍聴しました。
今回は、新しい市のイメージを、福祉、教育、環境などの分野別に、各委員が3つのグループに分かれて討論しつつまとめるというもの。
しかし、その討論を集約した意見を聞きながら、どういうまちに住みたいか、という大枠のイメージそのものがまとまっていないのに、個別の課題を論じているようで、かなりのむなしさを感じました。
私はこの「まちづくり住民会議」の設置に関して、専門分野別に委員を公募すべし、と主張したのですが、受け入れられませんでした。しかし、議論を聞いていると、やはに止まり、実際の計画は、お役所の専門部会(もしくはコンサルタント会社)がつくるのだとしたら、住民会議は住民参加のアリバイづくりということになって、もっと問題です。
具体的な計画の前に、まず、どんな町にすみたいのか、その議論が求められているはず!
と思った矢先、広報に「春日部市中心市街地活性化基本計画を策定」という記事がトップ記事として掲載されていました。
これについては、計画の説明を受けた折、「なぜ合併協議が進められている時期に?」と疑問を呈したのですが、合併協議が起こる前からの計画だから、とのこと。
しかし、誰がみても、中心市街地の活性化は、合併後の新市の在り方に深く関わる問題のはず。この矛盾した態度を堂々と示すという神経は、私には不可解です。
しかも「劇場都市かすかべの創造に向けて」というプランの基本的なコンセプトにも異議ありです。
よそから買い物客、観光客、あるいはイベント参加者などの集まるまちが活気のあるまちなのか、あるいはそこに暮らす人が安心した、充実した暮らしを営めることが活力を生み出すのか、この相反する二つの都市像を、徹底的に議論しなければならない時期に、一方的に「集客力のあるまち」というコンセプトを打ち出すことは、明らかなルール違反であると言わざるを得ません。

住民の力を生かしたまちづり、得るものが大きかった視察
(7月11日)
9〜11日まで、会派の視察で北海道を訪れました。
梅雨の無い北海道で、2日間とも雨。札幌〜江別〜帯広という行程で、視察地以外は車窓からの北海道見物。それでも北海道は「チャレンジ50」という政策を掲げて、住民参加を積極的に進めている自治体。その実態に触れて参考にしたいと、視察地選定をお願いしましただけに、得ることの多かった視察でした。
札幌では、本当は道庁にある住民参加推進システムを知りたかったのですが、市議の視察は市レベルという制約があり、札幌市の「市民情報センター」を視察することになりました。
ここでは、NPOとの共働で、「パソコン教室」や「ホームページ」等の事業を展開しています。また、隣接する「産業振興センター」では、スタートアップ・プロジェクトルームがあり、積極的な起業家支援を行っています。
説明してくださったのは、そのセンターの運営に当たっている財団法人さっぽろ産業振興財団の事務局長さんでしたが、長く市役所の都市計画等に携わってきたかたで、まちづくりに住民参加がどれだけ大切かという点を本当にきめ細かく、実例を挙げて話してくださいました。
要点は、「市民の視点」をとりいれることによって、施設も施策も格段に使い勝手のよいものになるということです。市民との共働が、決して役所の経費節減のためではないと、話してくださいました。
たとえば、このセンターから発信しているホームページは、市役所のホームページにもうまくリンクできるように設計されていて、「住宅探し」なら、市営住宅だけでなく、道営住宅も、公団も、同じページにひとまとめに掲載する、といった具合です。
観光案内も、観光する人の視点にたったページつくりがされていて、本当に利用しやすいホームページでした。同じ経費を掛けるなら、使い勝手の良いほうがいいに決まっています。
<NPOのつくったホームページのページ構成の見事さに、みんな身を乗り出して注視>
二日目の江別市では、「子育て支援センター」を視察しました。
保育所の併設からスタートして、昨年単独館として完成したこのセンターは、なんといっても、シックハウス対策として、室内に合板をほとんど使わず、節木でしたが、ムク材を使っているのが特徴です。それでもF単価が28万円ほど。気持ちのよい建物でした。
内容としては親子で遊べる「ふれあい広場」、「子育てサークル支援」「子育て研修会」に「育児相談」「情報発信」と、子育て支援センターの業務にあたっているのですが、出前の形で既存施設で地域支援を積極的に行っていること、研修会などには保育園の園長さんなどを活用して、プロの子育てを家庭で子育てしている若い両親に伝えると同時に、プロも若い両親の率直な悩みや声を吸収して、仕事に生かしていけるなど、双方向性のある展開に、決め細やかさが感じられました。
最終的には、このセンターを中心に、他世代交流を盛んにしつつ、地域で子育てのネットワークを広げようという所長さんの熱意が伝わり、施設・設備よりもマンパワーであり、システムだと納得。
江別市の周囲は日本で唯一の、平地の原生林の広がる野幌森林公園があります。時間が合ったら、散策したい場所ですが、翌日の視察地、帯広に向けて移動となりました。
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