●「母さんの視点」過去ログ
●議会&市政
●自伝風の長めの自己紹介
●活動日誌
●活動日誌過去ログ
●風のたより(片山いく子の議会報告)
●議事録・発言集
●メールフォーム
●メールありがとう
●リンク
●更新履歴
トップ>>>過去ログ>>>このページ

【2005年2月】

自然体験は身近であってこそ
(2月27日)

★子どもの頃を思い出した川掃除
 昨日の土曜日の朝は、「川クリーン会」の川掃除。
 今月は古隅田川の清掃をしました。土手の草が生い茂る前が、川掃除のチャンス。しかし、数日前の雪が溶けて、川のほとりはものすごいぬかるみ。大丈夫だろうと思ってそっと長靴をはいた足を出したとたん、ずっぽり埋まり、なかなか抜けません。
 子どものころ、土手で遊んで、同じような体験をした恐怖感がよみがえってきました。「自然体験」というと、山や海の豊かな自然に子ども達を連れて行くことばかり考えられますが、こんな身近な何気ない体験、怖い思いをしたこと、汚い思いをしたこと、そんな体験をする機会があってもよいのではないか、と思いました。

★地元にこだわる牛島ワンダーランドの活動
 本日は、NPO法人「かすかべ長屋」のシンポジウム。今回は「牛島ワンダーランド」のウッチー先生こと、内山裕幸氏からお話しを伺いました。
 子ども達と地域で楽しむこと、を目指して始めたこの「ワンダーランド」は、住んでいる地域で、様々な自然体験を続けています。
 海も、山も森もない春日部で、でもできることはいっぱいある、そんなワンダーランドの趣旨には大賛成です。
 まず大人が楽しむこと、これも納得。
 ザリガニ釣りからはじまって、ジャガイモの植え付けから収穫まで、古利根川での水鳥の足形とり、虫の冬ごもりの観察etc.
 用意して下さったパワーポイントで、とてもよく活動が分かりました。そしてその活動は、幼児期の自然体験こそ、子どもたちを育てていく、という内山理論に支えられて、豊かなものになっていると思いました。
 そして、学校・PTA・地域が一体となったこんな活動が、もっともっといろんな地域で広がるといいね、参加したみんなの思いだったと思います。
 支えているボランティアスタッフの皆さんにも、うまく続けていく秘訣に、質問が集中していました。
 帰り道、近くの児童センター「エンゼルドーム」から帰る、家族連れの車とすれ違い、この郊外型児童センターが、もっともっと、その目的に近づくように、工夫が必要と思ったものです。

地域の人のつながりのもつ可能性を信じたい
(2月19日)

 仲間の誘いを受け、生活クラブ生協主催の「住民主体の支え合いまちづくり」という学習会に参加しました。
 講師は「住民流福祉総合研究所の木原孝久氏です。

 木原さんは、最初に「介護保険」が導入されてからの問題点として、
@財政面で破綻しかかっている
Aサービスを受け慣れることによって、介護度の重度化が進む傾向にある
Bプロの介護の手が入ることによって、逆に住民が手を引く傾向にある
 の三点を挙げられました。

 @とAについては、介護保険の見直しの中で、さかんに論議されています。しかし、木原さんは、厚生労働省がその対策として力を入れようとしている「介護予防」について、「地域で、その人らしさを失わずに暮らし続けるために」という視点からどんなことが求められているのか、という視点から、お話しを展開されました。

 ショッキングだったのは、納得づくで施設に入居している高齢者のほとんどが、「自分さえ我慢すればいい」、「最後の子ども孝行」とあきらめの境地で納得しているとの指摘です。
 これはどんな施設の職員でも、異口同音に、「施設に入居した方が『生きる気力』をなくすのは、入居した時点、もしくは入居が決まった時点」と認識しているのと一致します。
 つまり、どんなに行き届いたプロの介護の手があっても、施設というのはそういうところなのでしょう。一部例外の施設というのは、さまざまなプログラムによって、それまでのその人の生活の質を、生きがいを、守ろうと努力している施設ということになります。
 その一例が、日中は施設を出てご近所の一軒家で過ごし、施設に入る前と似た1日を送る「逆ディサービス」などの試みです。

 制度の中では「その人らしい生活、ライフスタイルの支援」は不可能なこと(これは障害者施策にも通じます)。
 ではどうしたらいいのか。
 その解決のカギは、「福祉の基礎はすべての住民の支え合いにある」こと、そして専門家や行政の役割はその側面の支援であること、この原点に立ち返ることだというお話は、とても納得がいきました。

 ではなぜ住民同士の助け合い、支え合いがうまくいかないのか、という分析では、
@住民も専門家も行政も、支え合いなんてできっこないと思っていること
A支え合い出できることなど、大したことはないと思っていること
 この二つが大きな原因とのこと。

 以下は、これをうち破って実践している例の紹介が続きました。
 その中でとても参考になったのは、手を借りたいと思っている人の人間関係を中心にしたご近所マップの作成です。そのマップをつくっていくことによって、どんな支え合いができるのかが具体的に見えてくる、というのは、とても参考になりました。
 そして大切なことは、お年寄りを支えるということは、単に介護される側としてとらえるのではなく、そのお年寄りのできることを還元してもらう、心の貸借対照表が必要なのだという指摘です。
 いつまでも「生きがい」をもって地域で暮らし続けることができる、そういう理想を実現するのは、実はごくごく小さな、今できることから始めようとする意思なのだと納得できました。

 多世代交流が目的のNPO「かすかべ長屋」の実践もまだまだですが、一歩一歩、できることから始めたいと思っています。
 現在、「いろんな人が一緒に食事を作って一緒に食べる会」を企画したいと思っています。場所の提供のできる方、参加したらいいなという人をご存知の方、足の不自由な方を送迎して頂ける方、いろんな方の力が必要です。関心のある方、ご連絡ください。

障害者にとっての「くらし」ってなんだろう
(2月18日)

 評議員となっている、社団法人つぐみ共生会の運営する「くらしセンターべしみ」の在り方検討会議がありました。
 「くらしセンターべしみ」は授産施設と位置付けられています。「べしみ」の授産科目は、「製パン」、「さをり」、「陶芸」の三つです。
 
 ところで、「授産施設」の目的というのは、そこである期間、労働体験をして技術や就労のノウハウを会得し、一般企業に就職できるようにする、というものです。
 しかし、現実的には、「授産施設」であれ、いわゆる福祉的就労といわれる「作業所」であれ、そこから一般企業への就職が果たせる可能性がごくごく少ないのが実情です。
 「地域で共に暮らす」ためにつくった「暮らしセンターべしみ」です。しかし、ここに集まる障害をもっている人たちが、それぞれ抱えている問題は違い、問題解決のノウハウも個別的なのにもかかわらず、三種類の授産科目だけ(実際には、それ以外の活動に参加することによって対応している面もありますが)、その対応に職員がいっぱいいっぱいで、実は本当に取り組まなければならない、一人一人の暮らしをどう支えていくか、が積み残されているのではないか、という疑問から、この検討会議がもたれました。
 開所10年たった今、そしてグランドデザインでは「就労支援」と「地域自立生活支援」の二方向に分けられようとしている今、「べしみ」の在り方を根本的に考える時期にきています。

 私にとっては「わらじの会」との出会いのきっかけとなった、「故光子さん、幸子さん」が地域で暮らすためのグループホーム「オェヴィス」をつくったころ、そして、その延長線上に「べしみ」と「グループホームもんてん」が誕生した頃、あの頃のみんなの思いと、今現場を担っている職員さんたちの思い、そしてそれぞれ10年、20年と年を重ねた障害を持っている仲間達の思い、それをどうつないでいくかの作業が、これからしばらく続きそうです。

 

京都議定書発効の日に、「アジア太平洋みどりの京都会議」を振り返る(2月16日)

 会議から帰ると、「アジア太平洋みどりの京都会議」に一緒に参加した、久喜の猪股さんから、写真が届いていました。私のデジカメの写真はピンぼけのものが多かったので、感謝! です。
 一枚一枚見ながら、オブザーバーも含めて26カ国、500人もの人たちが集った、あの会議を振り返っていました。ちょうど今日は、「地球温暖化防止京都議定書」が発効する日です。

 その京都議定書発効を前に、アジア・太平洋の、草の根で環境問題に取り組んでいる団体が集い、交流し、意見交換し、この問題にどう国境を越えて取り組んでいくのか、そして、アジア・太平洋の平和をどう構築していくのか、具体的な行動に移すためのネットワークの構築が、今回の会議の目的でした。

 1日目は日本の環境エネルギー政策研究所と、ドイツのハインリッヒ・ベル財団の共催で「自然エネルギー2005…ボンから京都、そして北京へ」と題するシンポジウムが行われました。

 2日目は「安全保障」、「自然エネルギー」、「気候変動」、「人権問題」、「原生林」、「ダム」、「補完貨幣」、「ユースグリーンズ」、「循環社会」、「地方議員の役割」、「アンペイドワーク」、「北東アジアの平和」、「先住民族」、「グローバル化」など、たくさんのテーマの文科会がもたれました。
 私は「市民がつくる平和」、「地方議員の役割」、「北東アジアの安全保障」の三つの分科会に参加。
 韓国、モンゴル、台湾といった、隣国との緊張関係にある国々からの参加者が、それでも「非武装・対話」でしか平和は構築できない、と発言したのが印象的です。
 そしてその対話の前提として、グローバル化の元にますます富の偏在が起こり、先進国の資源の独り占め状態が起こっている現状を、「みどり」のめざす「環境との共生」、「エコロジー」、「公正な配分」によって変えていく必要があることが確認できました。

 それと共に、今日本の中で「現状に合わない」として変えられようとしている「日本国憲法第九条」が、実は日本を含むアジアの人々の多大な犠牲の上に生まれた理想であり、アジアの人々の共通の財産であることが確認されました。

 3日目は、午前中は、ヨーロッパを中心とする「みどりの政治」のネットワーク、「グローバルグリーンズ」につながる、「アジア・パシフィック・グリーンズ」というネットワークを立ち上げるための総会が開かれました。

 午後は、日本で「みどりの政治」の実現を目指すネットワーク、「みどりのテーブル」の設立総会。これには、準備を進めてきた、「旧みどりの会議」と「虹と緑の500人リスト」のメンバー以外も多数参加し、総勢150人が集い、実行委員20名あまりを選んで、さらに広げていくことを誓い合いました。
 私も地域から、頑張ること覚悟を新たにしました。

 この会議については、近く「週刊金曜日」に掲載される予定です。
 また、テーマの一つであった、タスマニアの原生林が、日本の大手製紙メーカーによって次々に伐採されている問題が、月刊誌「世界」に掲載の予定です。関心のある方は、是非、ご覧ください。

<2日目の夜は、世界のグリーンズが「京都議定書発効」をアピールする一斉行動日に当たり、会議参加者が京都駅前をデモ行進。私にとっては、18才の時の国際反戦デイ以来、約40年ぶりの京都のデモとなりました。画面右側の旗竿をもっているのが、若い高槻市議野々上愛さん、その左隣が私、左の旗竿をもつのが寝屋川市議の吉本ひろ子さんです>


<グローバルグリーンズへの代議員ともいうべき役割のメンバーを選ぶ模様です>


<翻訳機から流れる同時通訳に集中する私と、福士都議>


<会議の日程が終了し、満場の拍手のねぎらいを受ける、実行委員とボランティアスタッフ。スタッフも参加者も、若い世代が多かったのが印象的な会議でした>

障害者が働く場の多様性を求めて
(2月16日)

 朝から冷たいみぞれの降る中、「わらじの会」の仲間たちは、今日も厚生労働省への抗議行動に出かけました。
 昨夜は、厚生労働省前に徹夜の座り込みをした団体もあります。
 しかし、私のとっている新聞3紙には、1行もその記事は載っていませんでした。

 誰もが老い、誰もが誰かの手を借りずには生きていけないのに、なぜ、障害もっている人や介護が必要になった高齢者に対する福祉が、「一部特定の人の利益」とされるのか。
 自分がその立場になったときにほしい手助けは何かを、なぜ一緒に考えることができないのでしょう。この国の福祉施策の貧しさは、いつになったら解消されるのでしょうか。

 本日は、私もとても重宝に利用させてもらっている「リサイクルショップぶあく」の運営会議がありました。 
 大場谷中の谷中耳鼻咽喉科の駐車場の敷地の一画に、障害をもっている人の働く場として設けられたこのショップも、10年たち、「重度障害者介助助成金」制度の利用の切り替えの時期にあたって、その在り方が検討されています。
 開店当初は、重度の障害をもつ人たちと、地域のアルバイトで関わってくださる人たちで運営し、障害者の働く場であると同時に、地域の人たちとの貴重なふれあいの場という位置づけでした。
 今もその位置付けに変わりはありませんが、ここで、独立採算のとれる事業としてどう展開すべきなのか…、まだまだ議論は続きそうです。

全国から1200人もの当事者が集まって、厚生労働省に抗議
(2月15日)

 本日と明日、2日間にわたって、国会に上程された「障害者自立支援給付法案」の白紙撤回を求めて、厚生労働省に対する全国大行動が行われます。
 
 「支援費制度」が導入されるや、介護保険と同様に利用拡大が起こりました。それは本来は、今までの措置ではカバーできなかった介助が保障されるようになったと考えるべきことなのですが、それにあわてた国は、何とかして福祉の予算がこれ以上膨れあがらないように、ということから、介護保険との一本化(これには介護保険料の徴収対象を20才以上に拡大したい、との思惑もあり)を目指して、今回の「障害者自立支援給付法」(グランドデザイン)制定を、という動きになったわけです。

 この法律は、建前としては、支援費の対象外となっていた「精神障害者」も対象とし、「全身性障害」、「知的障害」、「精神障害」のいわゆる三障害に共通する介助サービスの一本化をはかる、としています。
 しかし、介護保険制度に近づけることによって、ホームヘルプの時間数の切り下げや、審査会によって障害区分が決定され、その区分に応じたサービスの決定がされる、今までのように応能負担ではなく、一律の応益負担にする、などが行われると、今まで30年近く地域でつくりあげてきた、24時間の介助体制をとることによって、どんなに重い障害を抱えていても、地域で共に暮らすことが不可能になります。
 また、「施設補助」がカットされ、介助料が障害者個人に直接支給されることになると、地域で共に暮らす受け皿となっている「グループホーム」の運営は不可能になります。

 一部の障害者団体が、この新制度を容認したからとして、多くの当事者の声を聞かないまま、法案を策定した厚生労働省に向ける怒りの声は、寒風の中、止むことなく続きましたが、窓を閉め切った、暖かいビルの中で仕事をしている厚生労働省のお役人に、果たしてその声は届いたでしょうか。

 ところで、象徴的な出来事がありました。
 防寒対策をしっかりとってもまだ寒い、戸外で抗議運動を続ける障害者の列の前に、コートも着ないスーツ姿の、書類を抱えた若い男女二人が厚生労働省の建物から出てきて、黒塗りのハイヤーに乗り込みました。
 大事な仕事があっての、ハイヤー利用だったのでしょう。しかし、怒りの声を上げている障害者の列の前で、堂々とハイヤーに乗り込む神経。若い時からこのような生活をしている人たちに、果たして障害当事者の立場に立った施策が考えられるでしょうか。


<厚生労働省(右の建物)の前だけではおさまらず、延々と続く抗議行動の列>

<道路をはさんだ向かい側に、同じくらい並んだ列に、「わらじの会」の仲間と一緒に>

たくさんの国々から、500人ものグリーンズが集った京都会議
(2月13日)

 「アジア太平洋みどりの京都会議2005」は、23カ国から500人もの人たちが集って、大成功のうちに終わりました。
 京都を中心とする、関西の人たち、とくにボランティアスタッフとして裏方を務めてくれた多くの若者に感謝感謝です。
 詳しい報告は、明日の臨時議会が終わってから、報告させて頂きます。

「分ける」ことが当たり前になったのは、ごく最近のこと
(2月10日)

 かがし座3周年イベントの一つ、「分け隔てられず学校・職場・地域で暮らしあうために」に参加しました。
 ゲストの鈴木養鶏の社長さんは、NPO法人となった「障害者の職場参加を進める会」の代表理事でもあります。

 鈴木さんと「職場参加」のつながりは、実は鈴木さんの会社では、障害を持っている方を自然に雇用していることにありました。
 鈴木さんのお話しは、越谷養鶏は、少し前まで大きな地場産業であったことにさかのぼりました。春日部と同じように谷地で二毛作のできない越谷で、相模村の村長さんが発起して、アメリカから鶏のタネを買い付けて起こした養鶏業が、工夫と努力で地場産業となった歴史。
 そしてその頃は、農作業でも養鶏でも、とにかく手間賃が安く、障害があろうが無かろうが、誰もが労働力として、自分のできることをこなしていかなければならなかったという時代背景の中で、障害をもっていようがいまいが、分けられずにゴチャゴチャ、地域で暮らしていた…。

 それが、高度経済成長の波の中で、生産性重視の時代になり、効率性が重視されるようになって、生産性の低い障害をもっている人たちが次第に分けられるようになってきたこと。
 しかし、今、高度経済成長に対する反省の中で、私たちが求めなければならないことは、経済性も考えながら、しかし、再び分けられず隔てられず、どうやったら地域で共に暮らしていけるのか、ということを考える必要性が生まれてきている、というお話しは、納得です。
 
 財政が厳しくなると同時に、地方分権・地域分権が叫ばれる中で、「市民が主役」というのが合い言葉になってきている今、障害を持っている人も市民です。
 福祉が一部特定の人の利益と見なされて切り捨てられないよう、福祉とは、共に支え合い、だれもが安心して暮らせるための仕組みなのだという原点に立ち返って、考えていかなければならない、との思いを強くしました。

身辺整理をして、京都に出かけます
(2月9日)

 お正月過ぎから日曜日まで、結構厳しいスケジュールが続いていたので、一段落した今週前半は、ちょっと一休みしつつ、たまっている事務処理などをしました。
 明日、CILわらじ総合協議会の報告会、「分け隔てられず学校・職場・地域で暮らしあうために」に参加したあとは、「アジア太平洋みどりの京都会議2005」に参加するため、京都に出かけます。
 全国の「虹と緑の500人リスト」の仲間、そして昨年、参議院選挙を戦った「元みどりの会議」の仲間と出会い、アジア・太平洋のみどりの仲間と、今後のみどりの政治について語り合うのが楽しみです。

 帰ってきたら14日は、合併の「廃置分合」についての臨時議会です。本日は、その議案の質疑の聴き取りもしました。

春日部駅点検・ぴーすうぉーく・埼玉県障害者プラン
(2月6日)

★当事者に立った駅改修をしてほしいと痛感
 天気予報では、今日は北風は和らぐと言っていたのに、とんでもない! 昨日よりはましですが、冷たい風の吹きすさぶ中、遠方から「視覚障害者の雇用問題」と取り組んでいる会の方々が、私の12月議会報告「風のたより」にのせた春日部駅下り線ホームの状況を点検しに来てくださいました。
 障害者市民ネットワークの野島さん、CILわらじ総合協議会の吉田さんも加わって、早速下り線ホームを点検しました。

 実際に白杖や松葉杖・車椅子を使っている方がホームを歩いてみると、私では気がつかなかった細かい点に、不便どころか身の危険を感じるのかと、改めて思い知らされました。
 この結果をまとめ、改めて、東武鉄道に申し入れしたいと思っています。
 皆さんも、ここは怖い、という箇所がありましたら、お知らせください。

 最後に、野田線ホームに2月にできたばかりの、車椅子対応トイレに入ってみました。
 男子トイレは問題がなかったようですが、女子トイレは扉から入って右手に便器があるのですが、扉から右に曲がる壁際に、ステンレスの荷物置き台が固定されて取り付けられており、電動車椅子が右に曲がることができません。早速、台の位置を変えてほしいと伝えましたが、当事者の立場になった工事をしてほしいものと、つくづく思いました。

<ホームの端から点字ブロックまで80センチ、しかも階段の柱が点字ブロックにかかっている箇所も>


<白線の内側は50センチ弱。日曜日なので、混雑していませんが、「すみません。通してください」と声をかけて通るのがやっとです>

<車椅子が通るときは、電車を待つ人は、壁にへばりつくようにして、道を空けてくれます>

★中高生のチラシの受取が良かった「ぴーす うぉーく」
 続いて「ぴーす うぉーく」を。今日は、中学生・高校生がチラシをよく受け取ってくれました。いつもよりちょっと多く作ったチラシが、予定の1時間で、道行く人たちの手にわたりました。

★法律・制度改革が暮らしを変えることがないよう
 「CILわらじ総合協議会」事務局のある、情報センター「かがし座」の3周年イベントがはじまりました。
 初日の今日は、県の障害者福祉課の長沢さんにおいていただいて、県の「彩の国障害者プラン21」がどこまで進んでいるか、中間報告をしていただきました。
 
しかし、平成15年3月に「共に学びくらす社会をめざして」というキャッチフレーズでまとめられたこの「彩の国障害者プラン21」ですが、平成15年から実施された「支援費制度」と国の三位一体改革に揺れ動いている感じです。
 
さらに、今の国会に「障害者支援法」が提出され、法律が成立すると、今度はこの法にのっとった「グランド デザイン」によって、県の施策も様変わりすると予想されます。
 「グランド デザイン」そのものの構想は、「総合的な自立支援システムの構築」を掲げ、これに添って従来の「居宅支援サービス」を再編し、「移動支援サービス」を見直す、そして、市町村の整備する「地域生活支援事業」に交付金を出す、というものです。
 が、問題は、介護保険と同様に、サービスの給付を受けると1割負担が生じることになり、生活保護を受けている障害者以外の方が、どの程度この制度を利用できるのか、といった不安もあります。

 
国会審議の推移を見守るとともに、市町村がどのような整備を進めていくのか、声を上げていく必要性を感じました。

駅から5〜6分のところで、バードウォッチングのできる幸せ
(2月5日)

 お天気はよいのに、北風がまともに吹き付ける中、本当は昨日の予定だった生活クラブの武里地区のバードウォッチングの企画派、都合により、本日の中央公民館主催の観察会に合流しました。
 古利根川では、一年を通して水鳥を観察できますが、冬はガンカモ類が多く、たくさんの種類の水鳥が観察できます。

 といっても、今年はカモ類の種類も少なく、環境の変化か、あるいはゆりの木橋、新町橋と、二つの橋の工事のせいか…。

 駅から歩いて5分の公園橋界隈で、最初に見つけたのがカワセミ。
 指導にあったってくださった、生態系保護協会春日部支部長の三好さんの話にあったように、首都圏のベッドタウンで、こんな町はそんなにありません。少しでも、この古利根の自然を守っていかなければ、と思いました。
 今日観察できたのは、カワセミのほか、ユリカモメ、セグロカモメ(大きな魚を捕まえる瞬間を見ました)、コガモ、ヒドリガモ、カルガモ、カワウ、カイツブリ、コサギ、ゴイサギ、イカルチドリ、イソシギ、ハクセキレイの水鳥のほか、おなじみのヒヨドリ、ムクドリ、ツグミ、それにカラスとスズメ(カップルで、屋根の瓦の中を覗き、巣作りの相談?)。
 ほんの2時間ばかりの間に、16種類の鳥たちを観察できました。


<すぐに水に潜ってしまうカイツブリをスコープで覗いているところです>

落ち葉と遊びました
(2月2日)

 私も夫も、仕事が一段落し、やっと日程があって、前々から約束していた、娘の嫁ぎ先の落ち葉掻きをしに、川越にでかけました。
 
 明け方の厳しい冷え込みも、日が差すと共に和らぎ、日本で初めての自然再生事業が決まった「くぬぎ山」に隣接する雑木林
で、せっせと熊手で落ち葉を集めていると、どんぐりの実を割って、クヌギや椎、楢の小さな芽が顔を覗かせています。

 しかし、侮る無かれ、落ち葉。
 落ち葉のイメージというと、恋人と手を繋いでカサコソ踏みしめて歩くロマンチックなものか、落ち葉を集めてお芋を焼くものか(今はむずかしくなってきましたが)…。
 しかし、乾いているというのに、熊手でさらう落ち葉の重いこと。
 娘に、「土まで掻かないように」、「集める方向がちがう」、「あんたの掻いたあとはムラがある」と厳しい指導を受けながら、青空でオオタカがカラスを追いかけているのを眺めたりしながら、いい汗をかきました。
 娘婿のお父さんからは「農業体験」といわれ、娘には「今日やったのは、十分の一
くらいだからね」と釘を刺され、今度は大変な時期に手伝いにこなければ、と思いました。

 娘の嫁ぎ先だけでなく、あちらこちらの雑木林で、落ち葉掻きをしている農家の方の姿がありました。
 この落ち葉と鶏糞でつくった堆肥をすきこんだ畑で育った里芋は、「日本一」と自慢できる、とてもおいしいお芋です。是非一度、JAいるま野の里芋をご賞味ください。



<かごいっぱいにつめた落ち葉を踏んで、さらにギュウギュウに詰め込みます>

 

意見のちがう面白さ「ぴーす うぉーく」のビラつくり
(2月1日)

 夜、6日の「ぴーす うぉーく」のビラつくりでした。
 歩きながら、道行く人たちに手渡す、小さなA5のビラですが、毎回、集まれる人が議論をしあって作ります。
 今夜も、テーマを何にしぼるかから議論が沸騰し、最終的に、最近物議をかもした、埼玉県の教育委員の任命の問題から、「日の丸・君が代」の強制の問題に絞り込んでいきました。
 「思想・信条の自由」よりも、上からの命令がはばをきかせる社会は、結局は、「国民のために国家がある」のではなく、「国家のために国民がある」思想につながっていくのではないかと思います。
 印刷を終わったのは夜10時過ぎになりました。
 しかし、みんなで納得のいくまで(時間切れでいっていないことがあるかもしれませんが)話し合うことの大切さを感じています。


2005年2月へ>>>母さんの視点過去ログへ>>>トップへ