●「母さんの視点」過去ログ
●自伝風の長めの自己紹介
●活動日誌
●活動日誌過去ログ
●風のたより(片山いく子の議会報告)
●議事録・発言集
●メールフォーム
●メールありがとう
●リンク
●更新履歴
トップ>>>このページ

●2005年3月  

んばれ、母バト!
(3月29日)

 朝、金木犀の枝の上で、ハトが何やら不可思議な動きをしています。よく見ると、巣をつくって、卵を温めているのです。
 我が家の飼い犬”くう”の小屋の隣の金木犀ですが、くうがわんわん吠えても平気なのでしょうか。

 庭の木に巣をつくってくれたのは感激なのですが、ヒナがかえってからが心配です。
 なにより、我が家には4匹の猫が!
 しかも、ちび猫リブは、自分と同じくらいのヒヨドリを、ものともせずにつかまえてしまう狩人(猫)、その姉猫ノルダは、自分よりも大きな尾長を捕まえたことも。
 猫たちが獲物を捕まえてくると、痛めないうちにいかに鳥を逃がすかひと騒動なのですが、まだ、飛べないヒナだったら、猫のひとかみで致命傷を負ってしまいかねません。

 くうに、猫が木に登りそうになったら、吠えて追い払ってね、と頼み込んでいますが、猫たちが気がつかないよう、祈るばかりです。

<抱卵している母 バトです>

「春日部・九条の会」の立ち上げの準備をします
(3月28日)

 夜、4月3日の「ぴーすうぉーく」のチラシつくりをしました。
 私は、「憲法調査会」の最終報告がまとまったこともあり、憲法に触れた内容にしたいと思っていました。以前から「春日部・九条の会」をつくりたい、という意見もあり、その呼びかけもしたいと思ったのです。


 しかし、大激論になり…、つまり「九条の会」を立ち上げて何をするのか、事務局はどうするのか、そういったことがクリアできずに、会だけをつくることに意味があるのかどうか…。
 以前にもその話が合ったとき、春日部独自で立ち上げるのはむずかしいので、「越谷九条の会」に参加しようということになった経緯があります。
 そこで、今回のチラシは、3月末でオランダ軍がイラクから撤退することから、改めて、「自衛隊のイラクからの撤退」の声を上げる内容となりました。

 九条の会は、呼びかけのチラシを別につくり、賛同した人がある程度まとまったところで、事務局ををどうするか、どんなことをしていくのか、話合うことになりました。
 地域も春日部市に限定せず、宮代町、庄和町、杉戸町の方々にも、加わっていただければ、と思っています。

 以下は、その呼びかけの文案です。是非、呼びかけ人、賛同人になってくださるかた、ご連絡ください。

「九条の会・春日部」の設立の準備を進めています

 国会の憲法調査会の最終報告がまとめられ、「憲法改正」が現実のものとなろうとしています。改正論の中心は、戦争放棄をうたった「九条」を改正し、日本を再び、「アメリカに協力して戦争のできる国」にしようとする意図です。
 アメリカのイラク攻撃をみても、武力によって国際紛争は解決しないこと、武力行使は、その国や地域の民衆の暮らしや命を奪うものでしかないことは明らかです。
 世界中の人々によって、「平和」が永遠の理想であるなら、「武力によって紛争を解決しない」と定めた日本の憲法こそ、理想の憲法です。
「平和の21世紀」を創っていくためには、日本の憲法を世界に広めることが必要でありこそすれ、「九条」を改正して、武力行使できる国になる必要はないと、私たちは考えています。

 「九条の会」はこうした流れに危機感をもった、井上ひさし氏、梅原猛氏、大江健三郎氏、奥平康弘氏、小田実氏、加藤周一氏、澤地久枝氏、鶴見俊輔氏、三木睦子氏の九人の呼びかけによって生まれました。
 そして、その呼びかけに応えて、全国各地で「九条の会」が生まれています。
 私たちは、この春日部で「九条の会」を誕生させ、平和憲法を守りたいと考えています。
 また、この会は、「平和憲法を守る」という一点でつながる、個人の集まりにしたいと思っております。ご賛同頂ける方は、是非、ご連絡ください。
 なお、具体的にどんな活動をするかは、賛同される方がある程度まとまった段階で、一緒に考えたいと思っております。事務局も、それまでの暫定といたします。
 
 5月3日の憲法記念日には、「ぴーすうぉーく IN春日部」と一緒に、春日部駅前で平和の千人針」、千人針で、「九条」の条文を縫いとろうという企画を考えています。10時半、春日部駅西口で行う予定です。
 連休中ですが、ご参加頂ければ幸いです。

★呼びかけ人
石塚裕子・片山いく子・国立真理子・辻 裕司・辻 秀幸・浜田豊吉・藤崎 稔・益子 繁
★連絡先
〒344-0021 春日部市大場663-5 片山方
電話 048-731-7507/FAX 048-738-8455

ただただ感謝の、お見送り
(3月25日)

 朝、登校指導に立たれていた、交通指導員のMさんが近づいてこられ、「今月いっぱいで、やめることにしました」との挨拶をいただきました。
 交通指導員をされて、もう51年になるそうです。「『もう止めたら』といわれる前に」とおっしゃいました。どうみても60代という印象なのですが、51年の歳月を加えると、驚きです。
 その歳月の半分近く、30歳の長男のときから20歳の二男まで、我が家の子どもたちもお世話になりました。
「一度も事故が無かったのが幸い」とおっしゃるMさん。
 感謝の言葉とともに、これからも地域での子どもたちの見守りに力を貸してくださるようお願いしました。
 
 武里西小では、子ども達の下校時、バイクでゆっくり走りながら見守りして下っているTさんもいらっしゃいます。地域みんなで、子どもたち安全を見守っていきたいものです。

 夜は、Yさんのお通夜でした。
 2003年の選挙。組織を離れ、事務所も構えず、ほとんど選挙の準備も整っていなかったときに、電話を下さったYさん。
 「週刊金曜日」の埼玉東部読者会の連絡先が私になっていたことから、、「なにか選挙のお手伝いができれば」と申し出てくださったのがきっかけです。
 そして、告示日の雨の中のポスター貼り、投票日、みんなをハラハラさせてしまった開票結果、「祝杯をあげるために」といるものようにバイクではなく、自転車でいらしてくださったのに、祝杯が深夜になってしまいました。
 そのあとは、平日はお仕事、そして土日は山歩きやツーリング、「なかなか会合に出られなくて」とおっしゃりながらのたまの電話。

 読経が流れる中、まだまだお元気そうなご遺影を目にし、お子さまたちが社会人として活躍される姿を、見守りたいお気持ちがあっただろうに、さぞ無念だったろうと、同世代として悔しい気持ちがこみ上げてきました。

 Yさん、ありがとうございました。見ず知らずの方からの突然の電話が、あのときの私をどれほど力付けてくれたか。ただただ感謝するばかりです。
 そして、議員になってから開くことができなくなっていた「読者会復活」果たせなくて、ごめんんさい。
 心から、ご冥福をお祈り申し上げます。

二つの小学校、それぞれの卒業式
(3月23日)

★パソコンがアナログモードに
 21日の朝のことです。
 私のパソコンは、午前中は日当たりのよい窓辺の前にあります。”日だまり大好き”の4匹の猫たちにとって、その窓辺は格好のひなたぼっこの場所。
 その朝も、長女ネルがひなたぼっこ、とその席を横取りしようとした次男坊ラーンが、ネルを強烈猫パンチ。勢い余って、私のパソコンのディスクトップも倒れ、薄型のG4のデスクトップの支えが折れてしまいました。
 さあ弱りました。修理のために長期入院するとなると、このWebの更新、毎日何通もやりとりするメールの送受信、インターネット検索、そして議会報告「風のたより」の作成、いろんなことが不可能になります(お金もかかりそうですし)。
 そこで、夫が家にあった角材を使って、支えを作ってくれました。

 すっかりアナログモードになったパソコン、しばらく、不具合が生じるまで、このママ使おうと思います。

 というわけで、21日の分からのアップは、今日になってしまいました。ラーンに免じてお許しください。

★新設校2年目の卒業式 
 
昨日は武里南小学校の、そして本日は武里西小学校の卒業式でした。
 どちらも、平成15年に開校になった、4校を統廃合した後の新設校です。
 昨日の南小学校は、新しい体育館が完成したばかり、その体育館での卒業式となりました。この体育館は、地域開放型になっています。学校がお休みのときは、是非、地元の皆さんにも活用していただきたいと思います。

 小学校の卒業式は、卒業生と在校生が対面して、お別れの言葉と歌を交換するのが、卒業証書授与式に続くハイライトです。最近は、ここで、すすり泣きが見られなくなりました。涙の代わりに、いろんな思いを胸に秘めて式に臨んでいるのでしょう。

 校長先生の式辞も、お祝いの言葉も、どんな言葉で子ども達に話しかけるのか、興味深いものです。
 今年の教育委員会の、スマトラ沖地震の際の実話をひいたお話しは、きっとこどもたちに感銘を与えたことと思います。
 津波が襲う直前、イギリスの10歳の少女が、海面から潮が引くのを見て、学校で習った津波だと直感し、多くの周囲の人の命がそれによって救われた、というものです。学ぶこと、知識が生きること、これほど端的な例はありません。

 校長先生も、学ぶことは「自分が生きるための力を育てて行くためのもの」と、わかりやすく話されていました。
 感心するのは、PTAの会長さんも、卒業生の保護者代表の方も、とても挨拶が上手だということです。率直な言葉で、感謝の気持ちがとても良く伝わる、気持ちのいい挨拶。日頃話す機会の多い私にとって、とても勉強になります。

 両日ともあいにくの雨になりましたが、素敵な歌声が、体育館をいっぱいに包んだ卒業式を終え、入学式にはきっと、ちょぴり成長した中学生姿を見せてくれることでしょう。楽しみです。

憲法論議、しかと見守りませんか
(3月21日)

 新宿のカタログハウス(通販生活でおなじみの)本社ホールで開かれた公会討論会「改憲の是非を問う国民投票 どんなルールで行うべきか」に参加しました。
 最近マスコミでも、憲法改正の最終的な手続きである「国民投票」を実施するための「国民投票法」案がとり沙汰されています。国会では、この法案については、自民党と公明党の与党だけでなく、民主党も加わって、3党合意で進めることになっています。
 憲法改正を国会が発議するためには、国会議員の三分の二の賛成が必要になるためで、憲法のどの条文をどのように改正するのかも、3党でまとめていくことになります。
 今回のこの討論会は、憲法改正の発議が避けられないのであれば、その後の国民投票は、きちんと民意の反映できるものにしなければ、ということで運動を進めている、「真っ当な国民投票のルールを作る会」の主催です。
 
 討論会のパネラーは、衆議院の憲法調査会の会長である中山太郎氏をはじめ、自民党は保岡興治氏、民主党は枝野幸男氏、公明党は魚住裕一郎氏、社民党は阿部知子氏と錚々たるメンバーでした。
 内容も、
・投票は何歳から
できるのか。永住外国人は。
・キャンペーン活動は、どの程度規制するのか。
・マスコミの意見表敬は。
・国会発議から投票までの期間は。
・複数の条項の改正案が出たときは、条文毎にに投票するのか、それとも一括して賛否を問うのか。
・一定の投票率がないと無効にするなどの%条項を加えるのか。
 などの本質的な議論が続きました。
 
 会場には「作る会」の賛同人である、折田泰宏・日本弁護士会会長、上原公子・国立市長、武田真一郎氏や山口義行氏などの大学教授のほか、改憲論者である小林節慶応大学教授、その他多数のマスコミ陣、辻元清美さんなどの元国会議員や、地方議員、市民、300人余りがホールを埋め尽くす中での討論会は、国会論議もこうあってほしいと心底思うほど、紳士的で、率直で論議が深まっていきました。

 憲法改正は絶対に許せない、という改憲派の方々からはお叱りを受けるかも知れませんが、ことここに至っては、お互いに「9条はどうあるべきか」、「24条はどうあるべきか」率直に議論すべき時期に来ていると思います。
 そして私たちが市民として憲法論議を深める一方、国会でも、民主的な論議とルールづくりが行われているのか、常に関心を持ち、見守って行かなければばならないと、強く思いました。
 今日の議論の深まりは、聴衆の力があったからこそ、と思うからです。

 詳細は、「真っ当な国民投票のルールを作る会」ホームページをご覧ください。 
 また、同会の事務局長である今井一さんの著作「『憲法九条』国民投票」(集英社新書)は、とてもわかりやすい解説書です。

今、悩んだり苦しんだりしている子どもたちに支援の手を差し伸べるべきでは?(3月20日)

 「教育を考える会・かすかべ」の例会に参加しました。
 この会では、ここ数回、インターネットや携帯電話と子どもたちの関係についてを取り上げています。
 2月に起こった、寝屋川市の小学校教師殺傷事件でも、犯人の青年が、神戸連続児童殺傷事件を扱ったサイトなどにアクセスしていたことがとりあげられました。
 親の知らないところで、出会い系サイトやアダルトサイト、ホラーサイト、そして自殺ネットなどにアクセスし、のめり込んでいく子どもや青少年たち。
 規制が必要だという一方で、のめり込まないために、という点からの検証も必要でしょう。

 一方、このような事件が起こったときに取りざたされる、「不登校」、「ひきこもり」。
 とりざたされればされるほど、「不登校」、「ひきこもり」の当事者は傷つき、さらに心が病んでしまうことでしょう
 
「不登校」している子ども達の中には、精神的に健全であるが故に、いじめられたり学校に行けなくなったりする例も少なくありません。
 どこかがおかしい、病んでいる。
 
今の子どもたちの置かれている現状、そして、低年齢化したり、不可思議だったりする殺傷事件をみているとそう思いつつ、では何が問題なのか、この答えはなかなか出ないことでしょう。

 議論百出する中で煮詰まってきたのは、原因がどうであれ、今、自己肯定できず悩んでいる子、そして人間関係が上手く築けずに悩んでいるこには、どこかで誰かが支援の手を差し伸べる必要があるだろうということです。
 具体的に何ができるのか、これからも考えていきたいと思っています。

 

一目で中身の分かるUDシール
(3月18日)

 大場にお住まいの武川さんという方から「ユニバーサルデザイン(UD)シール」を紹介されました。
 視覚障害の方のために、市販のシャンプーの容器には、ギザギザがついたり、牛乳の紙パックに切り込みが入ったりする時代になりました。しかし、それ以外のものは、目の不自由な方にはなかなか区別が付かないのが現状です。
 また、点字のギザギザがあっても、点字の読めない方には分かりません。そこで、目の不自由な方は指で触れて区別がつくように、また、高齢になって小さい字が読みづらくなった方には一目で区別がつくように、という視点で考えられたのが、UDシールです。
 現在、埼玉県のUD担当課や鬼怒川温泉、川治温泉、ホテル等で使われるようになってきましたが、まだまだ普及していないのが現状です。
 もし、モニターとして使ってみたい、という方がありましたら、ご連絡ください。


<現在手元にあるのは、シャンプー用、リンス用、ボディーソープ用というお風呂3点セットです。普及が進めば、しょうゆとソース、紙パックの飲料用、薬用など、様々な用とが開けそうです。メガネを外してお風呂に入る人、カタカナの読めない小さな子、知的障害のある人等、いろんな人に便利なシールと思えます。今後、普及が進めば、下の写真ように、いろいろな使い方が可能とのことです>


卒業生の前途に幸あれと
(3月15日)

 今日は、春日部市内の中学校の卒業式でした。
 私は、子どもたちの母校、中野中学校の卒業式に参加しました。
 控え室で、浦和のサッカースタジアムなどの芝生の管理をしている会社の方を紹介されました。ここは、どうしても学校になじまな中学生の、体験学習を引き受けてくださった会社です。この会社で仕事を体験しているうちに、文章を読むこと、書くことなどの大切さを知って、勉強の意味が分かったとか。
 学校だけで抱え込まず、地域の力を借りた校長先生、それに理解を示した教育委員会、そして引き受けてくださった企業の方、みんなの見守りがあって、良い体験となったのでしょう。

 卒業生のうち、二人がこの会社に就職することになった、といううれしい話も聞きました。会社の方は、「本当は定時制の受験も進めたかったのですが、願書の提出時期に間に合わなくて」と話してくださいました。このように、しっかり見守ってくださる大人がいたら、きっと、よい社会人になるだろうな、と思います。

 残念なことに、高校受験の方式が変わり、二次募集の結果の発表がまだとのことで、まだ針路が決まっていない生徒が何人かいるそうです。みんな晴れやかな気持ちで、卒業式を迎えることができたら良かったのですが。
 これから、学区域を飛び出す生徒達の前途に幸あれと、祈るばかりです。

環境問題・障害者支援制度・平和
(3月14日)

★楽しみなバイオディーゼル燃料の開発
 
昨日12日の午後は、NPO法人「越谷SOHOまちづくり」主催の環境セミナー、「バイオディーゼル燃料の可能性」に参加しました。
 バイオディーゼル燃料は、食用油の粘性を下げて、軽油の代替燃料としたものです。すでに、ドイツやフランス、イタリアでは、軽油と同等の燃料として使用されています。畑で採れた作物から絞った油を燃料として利用する、炭素の再循環ができ、地球温暖化防止に役立つ、カーボンニュートラルとして、注目されています。

 日本では、京都府や滋賀県などの自治体が取り組んでいますが、普及はまだまだ。というのは、ドイツなどでは、バージンオイルを使っているため、エンジンに対する負荷の点でも、排ガスの成分の点でも問題はないのですが、日本の主流は、食用油として使った廃油のリサイクルだからです。
 しかし、循環型社会を考える上では、どうしても廃油にこだわりたいところ。それに、日本ではコストを考えると、廃油をりようしなければ、とても普及できる価格にはできない、という事情もあります。

 今までのアルカリ触媒を使った方法ではなく、「超臨界」の性質を利用した新しい分解法を研究しているという、講師の中央農業総合研究セ塔^ーbフ飯嶋渡さんのお話しは、夢と希望に満ちた研究者ならではのおおらかさがあり、期待がふくらみました。

 研究者とものづくりのプロが集まっているNPO「越谷SOHOまちづくり」ではすでに実験を開始しています。越谷でバイオディーゼル燃料が誕生したら、是非、春日部でも、と思います。

★川はゴミ箱ではありません
 
13日、早朝8時より、古利根川一斉清掃に参加しました。
 生態系保護協会春日部支部と、「川クリーン会」は、川久保公園の下流の右岸、民有地の混じるカワセミが営巣するあたりの川岸を、毎年許可を頂いて掃除しています。
 ここは川が緩やかにカーブし、倒木が川にかかっているためゴミがたまりやすい場所が何カ所かあります。しかし、この倒木の枝で水鳥が羽を休めるため、対岸から水鳥観察をするには絶好のスポットです。
 椅子、テレビ(3台)などの大型のゴミ、ゴザやビニールシートなど扱いにくいゴミのほか、ビニール袋に詰め込まれポイ捨てされたとおぼしきゴミは、ヘドロが入り込んでずっしり重くなり、その臭気とともに扱いにくい存在。定番の空き缶、ペットボトル同様、川はゴミ捨て場ではない、という認識を、もっともっと、みんなにもってほしいと思います。
 人間も含む生物は、水がなくては生きていけない存在なのですから。

★「グランドデザイン」に振り回されることなく、原点に帰る必要が
 午後は、福祉法人「つぐみ共生会」の評議員会。
 支援費制度が実施されて2年、3年後の見直しまで、あと1年という17年度の予算案、事業計画、それと併行して必要となる、法人と関連する「わらじの会」各場の職員の配置見直し等々、重い課題を十分審議するには、4時間という時間は少なすぎ、もう一度評議員会を開催することになりました。
 
 グループホームと授産施設ができて10年という節目にもあたり、「わらじの会」の原点であった、「障害をもっていても地域で一緒に暮らし続ける」ためにどんな支援が求められるのか、そこを主軸にした議論が続いています。
 そういう意味で、厚生労働省が示す、「グランドデザイン」は一つのきっかけにはなりましたが、この構想通り、「応能負担」から「応益負担」になってしまうと、とても支えきれなくなる現実もあり、きちんとした検証と要求も、続けなくてはならないでしょう。

★9.11ボーイングを探せ!

 夜は、「越谷九条の会」主催の、「9.11ボーイングを探せ」のビデオ上映会に参加しました。
 アフガニスタンとイラクに対する攻撃のきっかとなった、9月11日の事件。その報道映像から、様々な疑問をもったジャーナリストがまとめたフィルムです。
 きっかけとなったのは、ボーイング機が突っこんだとされる、ペンタゴンの建物の損傷が、ボーイング機の大きさに比して小さすぎることでした。その後あらゆる、事件直後の映像を検証しても、火災が起こった痕跡は無く、また、ボーイング機の残骸が全く写っていないことが分かりました。
 この疑問に対する、アメリカ政府からの回答は、今もってないとのことです。

 そこから疑問を持って、貿易センタービルが崩落する様子を収めた映像を検証してみると、飛行機が追突する直前に、機体が爆発したような閃光があがっていること、激突後、ビルは火災によってビルを支える構造部分が溶解したというより、むしろ、ビルを爆破・解体するときのような崩れ方をしていることなどの疑問が起こってきた、としています。

 何としても、このような疑問に答えを出してほしいものだと思います。
 日本語版をつくったきくちゆみさんは、今、このビデオをアメリカ兵に手渡す運動をしています。アメリカから疑問の声が上がり、究明する動きが生まれることに期待したいと思います。

イラクに対する武力攻撃がはじまって2年、今こそ、平和について考えませんか(3月6日)

 午前中は、24回目の「ぴーすうぉーく」。
 この「ぴーすうぉーく」は、2年前、イラクに対するアメリカの武力攻撃が開始されようとしていたことがきっかけで始まったものです。
 全世界で、何十万人もの人たちが、「武力攻撃反対」の声を上げました。日本でも。
 私たちは、「ワールド ピース ナウ」などの集会に参加しながら、もっともっと、たくさんの人たちと、「今、平和のためにしなければならないことは何か」、「一人ひとりの力は小さいけれど、できることは何か」考えたいと、毎月1回、地元で「ぴーす うぉーく」をはじめたのです。
 毎月手渡すチラシは300枚から500枚。しかし、2年間の間には1万枚近いチラシを受け取ってもらったことになります。

 今月は、イラク攻撃が開始された月ということから、また全世界で、「アメリカ連合軍の撤退」を求めて一斉行動が予定されています。日本でも、3月19日(土)と20日(日)の2日間にわたり、日比谷公園の野外音楽堂で集会とデモが予定されています。今回は、その案内チラシを配布しました。
 天気予報は雪、という寒い日にもかかわらず、いつもよりも多く刷った400枚のチラシが、1時間のうちになくなりました。

 昨日、武装勢力に1カ月拘束され、やっと開放されたイタリアの女性記者がバグダット空港に送られる途中、アメリカ軍によって攻撃され、開放の仲介にあたった担当官が死亡した、との報道がありました。
 イラクでは、英語が分からず、アメリカ軍の制止命令を理解できず、車を止めなかった民間人が射撃を受けて命を落とす、という不幸な出来事が頻発しているとのメールが届いています。
 アメリカ連合軍のイラク攻撃以来、イラク人の死者は15万人以上ではないかと言われています。イラクの人々の死者のほとんどは、戦闘員でも武装勢力でもなく、私たちのような民間人です。
 第二次世界大戦の終盤、10万人の命が奪われたという東京大空襲、連日、それに関連するニュースが流されています。イラクの人たちが、2年間もそんな状況の中にあることを、想像しないわけにはいきません。
 そして、アメリカ軍の死者も1,500人を超えたとか。アメリカの兵士達も、いつ自分たちが攻撃されるか分からない、という恐怖と戦っているのだとの報道もありました。だから、動くものはすべて撃て、という心理状態になっているとも言われています。

 攻撃の根拠となっていた「大量破壊兵器」が見つからなかった後、「イラクを民主的な国家にする」ための戦争と目的がすり替わり、しかし、そのために行われたはずの国民議会選挙のあとも、一向に治まらないイラクの混乱。

 武力によって、決して平和はもたらされることはない、と知った今、私たちは全力を挙げて、平和的な解決を求める声を上げ続けたいと思います。

トップへ>>