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●2005年4月

「長屋」の引越、立て看作り
(4月30日)

 NPO「かすかべ長屋」の立ち上げから1年。活動を支えるための事業を模索してきましたが、なかなか2足のわらじの会員の力ではむずかしいものがあり、一旦事務所を閉じて、活動の充実を図ることにしました。

 市民運動は、活動して初めて意義がある、と思っています。3回行ったフリーマーケットは、たくさんの人たちとの交流の場となりました。
 やはり3回行ったシンポジウムもまだまだ改善の余地はありますが、先に活動してきた方々から学ぶところが多く、「長屋」の活動のヒントをたくさんいただきました。
 2年目は、もっともっと、人の繋がりをつくっていく活動ができたらと思っています。
 もちろんこれは一会員である私の思いで、今後、正社員や理事さんたちが今後の方向性を考えていくことになるのですが。

 事務所に置いてあった印刷機を、向かいにある「ケアシステムわら細工」の事務所に移動。大池通りを車が来ないときを見計らって、ゴロゴロキャスターを転がして移動。今後、ここに設けられる「オープンスペース」を活用して、いろんなことができれば、と思っています。

 移動の後、足りなくなりそうな「ぴーすうぉーく」のチラシを増し刷りしつつ、「千人針」の立て看作りをしました。
 憲法記念日、各地でいろんな集会が催されますが、私たちは住んでいるところにこだわって、一緒に「憲法九条」について考える1日にしたいと思っています。

日本国憲法はアメリカの押しつけではないことを再確認したベアテさんの講演会(4月29日)

 憲法24条の草案を作った、ベアテ・シロタ・ゴードンさんを招いての講演会がありました。 草加の教職員組合の主催です。

 「ベアテの贈り物」という映画が完成したこともあり、憲法改正論議が現実味を帯びてきたこともあり、最近マスコミに登場することが多いベアテさん。4年前に一度、お話しは伺ったのですが、日本のこの動きに、どういうお考えを話されるか、是非直接お話しを伺いたいと、参加しました。
 会場には300人以上の方がびっしり。心強く思いました。
 
 81歳は思えないほどお元気。「5歳から15歳まで過ごした日本は、母国オーストリアよりもふるさと」というベアテさんの流暢な日本語(もっともベアテさんは6カ国語に堪能だそうですが)、ユーモアのある語り口。
 少女時代、日本の女性の社会的な地位の低さにびっくりし、戦後、
アメリカのGHQの指示で憲法の草案をつくることになったとき、何とか世界中の憲法の中で、最も日本にふさわしく、日本の女性が基本的な人権が守られる社会であれる憲法を、と研究し、草稿したお話しは、何度伺っても、ベアテさんで良かった、と思わずにはいられません。
 今、私が市議会議員という仕事をしていられるのも、この憲法あってのことです。
 今日のお話しの中で心に残ったのは、「たとえGHQの指示でまとめたとしても、私も女性であり、母であり、人間であるという点では、日本の女性と何ら変わりがない」ということでした。
 しかも、お父様は有名なピアニストであり、日本文化に造詣が深いベアテさん、日本の伝統の良さもきちんと認めていらっしゃるのには、感服です。

 「戦後、60年近く、一度も日本国憲法が改正されなかったのは、よい憲法だったから」ときっぱり。
 「平等こそ、平和の前提」という指摘は、今の憲法論議が、9条
と24条をセットにしていることを思うと、本当に、と思います。「戦争の放棄」と共にに、「基本的人権の尊重」を守らなければ、と思います。
 そして、この憲法の中で育った若い人たちが、「男女同権は当たり前」として、24条をおろそかにすることを懸念し、「毎日の生活の中で、日々24条を生かす努力をしてほしい」との結びの一言。

 もっともっと、若い人たちと、意見を交換していかなければ、と思いながら、帰途につきました。

やっと、「風のたより」34号が完成しました
(4月28日) 

 やっと、印刷屋さんにデータを渡しました。
 もう1年以上も、インデザインという編集ソフトを使っているのですが、いろいろトラブル発生(つまり技術が未熟なせいで使いこなせていない)です。
 その間、記事の内容もなんども書き換え(つまり日数がたつに連れて、新しい情報を加えなければ…)と。

 連休明けには皆様のところにお届けできると思います。もう少々、お待ちください。


意見の相違があればこそ
(4月25日)

 夜はぴーすうぉーくのチラシ作り。
 途中訪れた二人連れが、「自衛のための軍隊は必要」、「何と言っても、北朝鮮・中国という、危険な国家と隣合わせなのだから」という意見。
 種々議論し、やはり終わった時には10時を回っていました。
 大いに議論しあいましょう。

 ところで、22日に古隅田川で見つけたのは、ハナニラだそうです。
 教えてくださった生態系保護協会粕壁支部長さん、ありがとう。 

市民パワーパート、自治会と介助システム
(4月24日)

 終日、「ケアシステムわら細工」の総会。
 中間で抜けて、谷中地区自治会の総会へ。

★三分の一近くの出席はすごい
 
谷中地区は戸数380世帯。総会の出席は100人をこえています。これは、今年何か大きな問題があるからではなく、いつもこうなのです。
 過去に住んでいた(引越磨としては
渡り歩いた?)地区では、せいぜい新旧の役員さんが出席する程度していたから、谷中地区の団結力はかなりのものです。
 今年1年、また、いろいろな行事を企画してくださるのでしょう。
 役員の皆様、お世話様です。

★制度にとらわれない、「わら細工」らしい介助を模索する年になりそうです
 
昨年の秋、「わら細工は」支援費の中の正式な事業所としては認められないけど、いままでの実績で、という途でお墨付きをもらう「基準該当事業所」の認定を受けました。私も一応、無資格ですが、みなしヘルパーに。

 それまでも、介助者を派遣するのに、全身性介護人派遣制度と生活保護の他人介護という二つの制度を利用していたのですが、それに支援費制度が加わり、酸性度で同じ介助をしても、利用量が全く違うという混沌に巻き込まれています。
 さらに、決算書の記述、予算書の記述…、混沌から生じる矛盾は多々あります。
 「わら細工」の介助料金表はあるものの、全身性介護人は派遣制度は、介助者本人に直接市から介助料が振り込まれます。

 様々な意見が出た後、「わら細工」は会員制のシステム。介助利用者も提供者も同じ会員という土俵の上で、この1年、介助の在り方について議論していこうということで、事業計画も予算案も承認されました。

 全身性介護人派遣制度というのは、聞き慣れない制度だと思います。
 以前埼玉県が独自に行っていた制度です。
 介助を必要とする人と介助者が一対一で登録し、上限が設けられた時間内であれば、介助を頼めるシステムです。主に、外出介助に使われています。
 支援費制度が実施されると、県はこの事業を廃止しましたが、越谷市と春日部市は市単独でこの制度を継続しています。
 理由は三つ。
 一つは行政にとって、支援費制度の外出介助に対する市の負担と、全身性の負担の金額がほとんど変わらないこと。
 二つ目は、介助する側も受ける側も、セットで登録しているため、気心の知れた介助ができること。
 三つ目は、支援費のように外出援助・日常生支援にわけられず、外出するための全ての介助(着替え・車椅子に乗せる・外出先のトイレ介助・食事介助)ができること。
 二つ目と三つ目は、いわば介助の基本のようなものです。だからこそ、支援費制度が実施されても、多くの障害者が全身性を利用しています。
 この越谷と春日部の実勢が県を動かし、県は今年度からまた、全身性介護人派遣制度に対する補助をを復活することになりました。

 こうして現場がやっていること、今日の会議の中で盛んに出てきた、「昔は会費を腹ってウ償のc{ランティアで介助してた」という「わら細工」以前の原点、そして「有償ボランティア」に切り替えた「ワラ細工」誕生の原点に戻って模索していくうちに、制度そのものが変わっていくことを、願っています。

市民パワー、川清掃と子育ちネット
(4月23日)

★野の花盛りの古隅田川
 早朝は、春日部の川クリーン会の川清掃。今月は、古隅田川。
 昨年のこの季節は、花見の宴の後のゴミ、ゴミ、ゴミ。
 ゴミ袋があっという間に、ビールの缶やペットボトル、ワンカップ、弁当の空などで埋まっていきました。中でも目に付いたのが乾電池でした。電池はナリは小さいけれど、確実に川の水質を汚染します。
 ところが今年は、拍子抜けするほどきれいでした。土木事務所が掃除したのか、桜の下枝もきれいに払われ、八重桜の苗木も植えられていました。
 それでも放置自転車3台を含め、やっぱりゴミが。

 
 この季節、街の中を自転車で走っていると、花咲く樹木が目につきます。今の季節、桃とハナミズキ、そしてライラック、エニシダ…。
 今日はゴミを探しながら、じっくりと地面を。草の中に、びっしり桜の花びらが散り敷かれオオイヌノフグリ、カラスノエンドウ、ヒメオドリコソウ、ホトケノザ、などの空き地の常連に加え、タチツボスミレの姿も。
 いつの間にか蕗やスギナがビッシリ生え、先月ならきっと、ツキクシンボウやフキノトウがいっぱいだったんだろうな(先月は古利根川の一斉清掃に参加)と思いつつ歩いていると…。
 二輪草?
 川掃除には、こんな楽しみもあります。
 毎月第4土曜日の朝8時からの1時間です。自然と楽しむおまけ付き、関心のある方、是非、ご参加ください。

★行政と市民が一緒に話す機会は意義があります

 午後は、「子育ちネット」主催の学習会、「行政も市民も本音で話そう」に参加しました。何と、参加者が30人の大盛況!

 こういう会合ですと、子ども家庭課(今までの児童福祉課)だけになりがちですが、今回は、障害学習課や公民館、保健課、そして保健所の方まで参加してくださり、一人5分の持ち時間に質問がてんこ盛り。2時間では、お互いどんどんことをしているかの理解が深まったところで時間になってしまいました。

 その後の交流会では、いろんなグループが、「一緒にこんなこともできるね」という感じで盛り上がっていました。
 市民パワー、こんな形で少しずつパワーアップしていくのでしょう。
 コツコツと情報提供を続けてきた、「子育ちネット」の皆さんがまいた種が、少しずつ芽を出しているように思いました。

 

 

たくさんの人に支えられて、フリーマーケット無事終了
(4月18日)

 3回目のフリーマーケット。
 出店数が50に及び、お客様の数は多分、1000人は優に超していたのに、競争が激しくて、昨年よりも売上げが伸びなかったブースも多かったのでは、と申し訳なく思いました。
 主催である「かすかべ長屋」は、場所を提供するだけです。出店料は、事前のチラシつくりなどでほぼ消えてしまいます。それでも、フリーマーケットにこだわるのは、地域のつながりを楽しんでほしいと思うからです。

 出店が少なかったら…、と思い、福祉団体にも声をかけています。この時期、土日の行事が多いのに、わらじの会をはじめとする、いろんな団体がお店を出してくれました。
 盛り上げるために、無料でバンド演奏をしてくれた若い方々、ポスターを貼ってくださったお店の方々も含め、様々な方々の支援があってのフリーマーケットです。
 これも谷中小学校の跡地があってこその企画。この跡地が売却されたら、今度は…。新たな展開を考えなければなりません。

 跡地の再開発をする中央グリーン開発さんに、是非、コミュニティ施設をつくってほしい、という要望に対する署名も、たくさんの方々にしていただきました。さらに声を大きくしていきたいと思っています。

 
 

残念、桶川市長選挙
(4月17日)

 昨日は、市長選挙のお手伝いに桶川に。
 公職選挙法にひっかかるとまずいので、結果が出てから書いています。

 埼玉の女性議員のネットで一緒の北村文子さんが現職に挑戦、その応援です。
 北村さんとは、「障害者基本法」制定の折にも、さまざまな集会でご一緒しています。
 彼女の3月議会報告を読むと、なぜ、一期目の現職市長に対して挑戦状をたたきつけたのか、よく分かります。
・公共工事の発注の不透明さ
・有料ゴミ袋制度の矛盾
・ビジョンのない合併問題の迷走
・不合理な区画整理事業
 どれも、市民の視点からみたら、納得できない。だから、市民を主役にし、市民の視点からのまちづくりを!
 市民派議員の議員としてのスタンスであり、近年市民派議員が推す、市民派首長のスタンスです。
 
 北村さんの実績からすると、互角の戦いかと思いましたが、実はちょっと不安でした。自宅に置かれた事務所といい、運動の仕方といい、とても地味だったからです。
 「これが市長選?」
 市民派として、きっと、お金をかけない、地道な選挙運動をしたかったのだろうと思います。しかし、選挙と日頃の議員活動はちがう(これは前回の選挙のとき、私も指摘を受けましたが)、大きな選挙にはやはり、勢いが必要です。でなければ風を起こせません。
 
 こうしていろんな選挙のお手伝いをさせていただくたびに、学ぶところが多々あります。
 選挙カーで回っていると、よその町の様子もよくわかります。
  桶川は、古いお寺の多い町。中仙道の宿場町としての名残がまだ残っていました。加えて、春真っ盛りの選挙、午後からは冷たい雨で、気温がぐっとさがりましたが、それまでは、町のあちこちで、美しい花々を見ながらの選挙でした。

フリーマーケットにお越しください
(4月15日)

 週明けから続いた連日の雨も昨日上がり、17日に開催する「旧谷中小学校さようなら・フリーマーケット」の準備に追われています。
 チラシ撒きも順調に終わり、読売新聞が大きく取り上げてくださったこともあり、「かすかべ長屋」の事務所には問い合わせ、出店申し込みの電話が続いています。

 どうか、たくさんの方のご来場をお待ちいたしております。
 とともに、この地域の方々のコミュニティの精神的なよりどころとなっていた旧谷中小学校の跡地の一画に、古くから住んでいる人も、新しく移り住んだ人も、一緒にコミュニティをつくっていけるような、そんな施設の確保を願って、跡地の再開発をする中央グリーン開発に要望書を提出する準備を進めています。
 同じ思いの方のご協力も併せてお願いいたします。

新一年生の瞳がいつまでも輝き続けますように
(4月11日)

 備後小学校の入学式に出席しました。
 武里地区は議員の数が多いので、卒業式・入学式に私があいさつすることはめったにありませんが、市内の小学校が一斉に入学式を行う今日は、備後小学校は私と白土議員の二人だけ。我が家の4人の子どもたちが16年間もお世話になった学校なので、代表してあいさつさせていただきました。

 こういう場のあいさつは3分、と目安を決めています。
 入学したばかりの、ピカピカの一年生には、「事故に遭わないよう、気をつけること」を約束してもらいます。全員、元気な声で「は〜い」という返事。
 来賓控え室でも話題になったのですが、最近の子どもたちはとても場をわきまえ、堂々としています。校長先生のお話にも、目を輝かせて聞き入る子どもたち。
 もちろん、中には後ろを振り返って見たり、キョロキョロする子どもたちもいて、それはそれでご愛敬ですが。
 いつも感心するのは、二年生の歓迎の歌と言葉。昨年は、新一年生だったのに、一年間の学校生活の体験の中での成長ぶりが伺え、見違えるほど大人びて見えます。

 保護者の皆さんには、いつも「地域で一緒に子育てしていきましょう」と呼びけることにしています。自分自身を振り返っても、6年間を過ごす小学校時代のPTA仲間が、地域づくり・仲間づくりの中心になっていると実感できるからです。
 みんなでこの新一年生の瞳がいつまでも輝き続けていられるよう、守っていきたいものだと思います。

 

制度が変わる今だから、原点に戻って
(4月10日)

「わらじの会」など、県内の障害者団体で組織している、社団法人埼玉県障害者自立生活協会の「あり方検討委員会」の報告がまとまり、今年の総会はその報告を受けて、社団のあり方を徹底的に議論する場になりそう、ということで、今日はそのための学習会。
 題して「わらじ今昔物語」…社団の誕生まで…。

 パワーポイントとビデオや写真の記録を駆使して、社団の誕生までのわらじの会とその周辺の歩みを振り返ってみると、懐かしい顔・顔・顔…、そして言うまでもなく、みんな若い。
 設立当初のメンバーが20代、30代、そして赤ん坊や小学生だった子どもたちが、もう一人前になって、我が家の赤ん坊が母親になる、というときの流れがあったのですから。

 こうして振り返ってみると、社団そのものが、視覚障害とか知的障害とか身体障害とか、そういった障害区別がないのはもちろん、いわゆる健常者と言われる障害のない人も、おれぞれが一人の人間として構成メンバーになっている、という大きな特徴があります。
 そこに緩やかにつながっているメンバーを含む、各地域の団体・グループも、地域の中で、様々な人をまきこんで、ゴチャゴチャに生き続けてきた、こえが原点であったし、いわゆる施設や事業所と大きく異なる点です。

 支援費が見直された結果、どんな制度が登場するのか、先行きはまだまだ不透明です。
 しかし、どんな制度ができたとしても、そこに生きる人たちが心底必要としている支援の手を差し伸べることができるために、まだまだ当分、こうした地域の人間関係が必要なのでしょう。

 介助システムが、支援費の基準該当事業所になったとしても、この原点を忘れることなく、介助を提供し続けなければならないことを確認しました。

 終了後、ひきつづき、CILわらじ総合協議会の「地域情報センターかがし座」の運営主体である、「基金運用委員会」がもたれました。
 CILが、4月いっぱいで「かがし座」の運営をうち切ることになり、ひきつづき「かがし座」を残すにあたっての事務手続き等の確認です。
 しかし、CILがかがし座という場を離れ、わらじの授産施設や障害者雇用事業所、生活ホームなど、各場の連絡係が中心になって、持ち回りでやっていくことになると、各場に属さない、地域でゴチャゴチャ関わっている人たちは、CILとは縁が切れてしまうことになりまかねません。
 今までは、協議会に属していなくても、CILの事務挙局をになっていた「かがし座」に足を運べば、協議会に話は伝わってきたのですから、そういった問題をどう解決するのか、これも検討していかなければならないということになりました。

 組織の集合体でなく、一人ひとりの意思でまとまる地域のグループというのは、手間がかかるものですが、その手間のかかり具合がとても大切だと、このごろつくづく思います。

花見の宴も平和であればこそ
(4月9日)

 午後、NPO「かすかべ長屋」の定例会のあと、花見客の繰り出している公園に、フリーマーケットのチラシを配りにいきました。
 一ノ割公園は、まだできて日が浅いのに、園内の桜は見事に満開。そこそこで家族連れ、ご近所、サークル仲間などが花見の宴を繰り広げていました。
 フリマのチラシは、「ぴーすうぉーく」
や、議会報告とちがって、ほとんどの方が受け取ってくださいます。
 ほろよい機嫌の方々と会話しつつ、私たちも満開の桜を眺めながら、すっかり花見気分でした。
 次に大池親水公園に移動。ここは桜はそんなにありませんが、水鳥たちが気持ちよさそうに泳ぐ姿を見つつ、ここでも宴が繰り広げられていました。

 平和だからこそできるお花見、この平和をいつまでも守りたい、そして、全世界の人たちに、花を楽しむ平和が訪れるよう、祈るばかりです。

 さて、グリーンピースジャパンから、下記のメールが流れてきました。
 3月16日、春日部市議会でも、「核廃絶」の意見書が採択されましたが、本年5月、ニューヨーク国連本部で開かれる「核不拡散条約再検討会議」では、核廃絶のための本格的な協議に入ることが求められています。
 そこで、この会議に向けて、小さなブロックに一人一人が平和のメッセージを書き、積み上げて壁を築いてアピールしよう、という運動が起こっています。そレに対する協力を求めるメッセージです。

なおブロックは送料などの経費で、1個500円になります。

★平和を願う声を、ニューヨークで5月に開かれるNPT再検討会議場へ届けましょう

 NPTが危機を迎えている今、核のない平和な世界を沢山の市民が願っていることを世界へしっかりと伝えることが、実現への大きな力となります。
 NPT再検討会議の行われるニューヨークにて、「国際法キャンペーン」は、世界中の平和を願う人々の声がこめられた小さなブロックを積み上げて、「核の脅威から、平和を守る」壁を作ります。グリーンピース・ジャパンはそれに協力し、日本からの平和を願う人々の想いをニューヨークへ届けます。

 
会議に参加する広島・長崎市長も「2005年を核兵器のない世界を創るための記憶と行動の一年に」と訴え、このキャンペーンを呼びかけています。
 現在、世界中から集まったブロックは22,855個、222mにもなりました。日本では、まだ90個しか集まっていません。より、長く、大きな壁を作り出し、世界中へ強く平和をアピールできるよう、皆さまからのご参加が必要です。
 締め切りは、4/18日に迫っています。ぜひ、今すぐご参加ください!

◇ ピースブロックについて、詳しくはこちらへ
http://www.greenpeace.or.jp/info/features/peaceblock/?gv

  

自然の掟の厳しさを目の当たりに・ハトのその後
(4月5日)

 朝、ハトが車の上にいました。3月29日の「母さんの視点」で紹介した、例の母鳩らしいので、様子をみていると、一度は巣の上でウロウロし、卵を温めるようにうずくまっていましたが、やがて、飛び立っていってしまいました。
 ポカポカ陽気ではい出してきた蛇に、卵をとられてしまったのでしょうか。  
 これが自然の掟とはいえ、毎日目と目を合わせていた母鳩だっただけに、なんともいえぬ切なさが残りました。
 今度はもっと、安全なところに巣を作るんだよ!


議員仲間の活動に元気をもらって
(4月4日)

 日中は、フリーマーケットのチラシの印刷と配布。そして、「風のたより」35号の作成。
 夜は、議員と市民の仲間のネットワークである「虹と緑の500人リスト」関東ブロックの定例会に出かけました。

 3月議会の報告や、選挙結果・選挙準備の報告は、情報交換になって、とても参考になります。
 今回は、ついこの間行われた小金井市議会選挙で、仲間の一人、漢人さんが全会の得票数を大幅に上回って当選したのに、もう一人の仲間が大幅減で落選という結果になりました。
 関東ブロックの中でも三多摩は、日頃からとても活発な活動をしているので、大丈夫だろうと、応援に出かけなかったのですが、やはり、1日はいくべきだったと、ちょっと反省。それぞれの議員の選挙のやり方は、とても参考になるからです。
 市民派議員の活動の中心は、何といっても議会での議論をどれだけ丁寧に有権者に伝えるかということ、この場で交換しあう各自の「議会報告」も、とても参考になります。 

 この次は、東京都議会議員選挙という大物が控えています。大先輩の福士敬子さんが、三度目の挑戦をする予定ですが、杉並区からは、政党からの若手候補も立候補しそうとのことで、時代の流れは「若者」という中になって、組織も全くない彼女が、どんなやり方をするのか、是非応援に行きたいと思っています。

 

応挙の画の前でのお茶会、そして上野の春
(4月3日)

 上野の国立博物館の裏手に、日本庭園があるのをご存知でしょうか。この日本庭園には、5つの茶室があります。
 そのそれぞれが、
・慶応年間(1648〜52年)、奈良の慈眼院に建てられた入母屋創・茅葺きの六窓庵
・名古屋郊外の明眼院の書院として寛保2年(1742年)に建てられ、丸山応挙が明眼院に逗留した折障壁画を描いた応挙館
・小堀遠州が寛永年間に、京都伏見の六地蔵に建てた数寄屋の一部、転合庵

・元京都御所内の九条邸にあり、狩野派の山水画が描かれている九条館
・元禄時代、川村瑞賢が淀川改修工事のおり休息所として建てた春草廬
 途、歴史的な建物です。

 今回、この5つの茶室に、現代美術の6人の作家がそれぞれの作品を展示する「Art in 茶室」…和の空間に試みる現代美術…、という催し物が開かれました。
 作家の一人大熊肇さんは、このWebのデザインをはじめ、私のポスター等、パブリシティのデザインを担当して下さっています。大熊さんからのご案内で、今回の試みに参加することができ、25回目の「ぴーす うぉーく」のあと、上野にでかけました。

 応挙館で、応挙のふすま絵の茶室でのお茶会。それぞれのお茶室と現代美術とのコラボレーション、5つの茶室の中で最も寂びた趣の春草廬で、若い女性作曲家の手になる歌曲の、チェロとソプラノによる演奏(本日が初演とか)、ゆったりと春の昼下がりを過ごして満たされた思いに包まれて、庭園を散策。
 それにしても、木造建築は、すごい! この茶室も新しいもので250年前に建てられたというのに、古さが味わいにこそなれ、老朽化とは無縁です。寺社の大伽藍に限らず、古民家も、手入れさえ怠らなければ、何百年と住み続けられるすごさ。
 こういった伝統の良さを再確認するところから、郷土愛や愛国心は生まれ、そこから新しいエネルギーが生まれるような気がします。

 染井吉野は、一枝に2、3輪ほころびかけたところでしたが、寒緋桜、吉野桜、枝垂桜は満開でした。寒緋桜の枝には、メジロがたくさん。
 せっかくなので、本館の常設展で古くからの仏像彫刻を堪能し、奈良中宮寺の「国宝 菩薩半跏像」を拝観しました。

 夕暮れ、まだ花見頃には早すぎるのに、盛り上がっている恒例の「花見の宴」の並ぶ桜並木を、たくさんの花見客と一緒に下って帰路につきました。噴水の当たりから見下ろすと、開きかけた蕾が枝枝をピンクに染め、雑木林の枝枝には浅緑の若芽が芽吹いて、春うららの休日を、ゆったりと一人で過ごしました。
 予報よりも遅くなりそうな各地の桜の名所の見頃、来週の週末はまた、お花見の人出
が続くのでしょうか。

重度の障害をもつ人が続けた、一人暮らし20年の歳月の長さ (4月2日)

 昨夜は、わらじの会の各場の相互の意思疎通、調整などを担っている「CILわらじ総合協議会」が、開かれた場として運営してきた「かがし座」を閉じるに当たって、今後どうするかを忌憚無く話合う会がもたれました。
 もともと「CILわらじ総合協議会」は、収入があるわけでなく、長年会員がカンパなどしてきた基金を使って、基金が底をつくまで、と限定して「かがし座」を運営してきた経緯があります。

 しかし、「かがし座」を占めてしまうには、改修したトイレや室内など、もったいない、という声もあり、今まで「かがし座」の一画にあった、「ケアシステムワラ細工」が主な借り主となり、不足する家賃分を、「協力会員」が出資して、維持しようという方向になってきました。
 具体的には、今後の「わら細工」の総会などを経て決まりますが、オープンスペースを設け、協力会員が様々な使い方ができる、というのは魅力です。

 本日は「片山いく子と一緒に市政に参加する会」の会長である、野島さんの「一人暮らし20周年を祝う会」がありました。
 まだ、20代だった野島さんが、施設に入ることを拒否して家出し、当時は数少ないみんなのたまり場であった「黄色い部屋」に居座り、一軒屋を借りて一人暮らしをはじめて、もう、20年になるのですね。
 その後も、重度の障害を持った人が一人暮らしができるよう、ケアシステムを整え、グループホームも二箇所でき…。
 今では、何人もの障害を持った人が、親元から独立して暮らしています。

 当初から介助に入った、いわゆる「オバさんたち」が、「光子さんや幸子さん(わらじの会が障害をもっていても町に出よう、と活動するきっかけを作った姉妹でもあり、グループホームの家主でもあった)の場合は、友だちの延長という感覚で、抵抗無く介助できたけど、野島さんは勝手に家出してきて、やれ雨戸を閉めてくれ、お風呂に入れてくれ、だったから…」と昔を思い出して話したことの中に、障害者が一人暮らしするきっかけを作ったのは野島さんのこの無手勝流のパワーだったと、再確認。
 
 「わらじの会」ができて25年余り。
 思い出のビデオを見ながら、幼児がもうすっかり大人になり、我が家のおんぶされて参加していた娘も、いつしかもうじき、自分が赤ん坊のおむつを替えたりおんぶしたりする立場になります。
 これからは、「オバさん組」がいかに、若い人たちの力を借りて相互に助け合っていくか、話題の中心は、そちらに移りつつあります。

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